社会に潜むものの正体

 目の前で慎を連れ去られた明庵。突然現れた黒い衣に身を包んだ謎のものは、慎を連れたまま再び煙のように消えていった。


 その事からも、連れ去った何者かが彼の追う“異変“に関与していることは明らかだった。慎から情報を聞き出すことは出来なかったが、彼の追っていた“異変“が勘違いでないことを証明した。


 目の前で人間ほど大きな物体を、これ程短時間で消し去るなど非現実的にも程がある。“異変“自体、到底信じられないものだが、現に自身の目や感覚、それに彼が独自で作り上げたドローンにも検知できているという、証拠があるのだ。


 周りの誰もが信用してくれなくても、明庵は自分自身と努力の成果を信じてやまない。


 技術の発展とは、生活を豊かにする上でも利便性があり、仕事をより効率的にしてくれる。だが、全ての人間がすぐにそれら未知の技術を鵜呑みにしてくれる訳ではない。


 仮想通貨や電子マネー、自身の情報をデータ上に保管するなど、初めは誰でも抵抗を持っていた。メリットばかりが紹介され、その実起きているトラブルや不具合は、そういった個人の情報を他人に閲覧され盗まれるというデメリットも伴っている。


 慎や明庵の暮らす世界でサイバー犯罪が急増しているのも、そういった背景がある。ハッカー集団の組織は年々増え、取り締まりを強化しようと全てを消し去ることは出来ない。


 それだけ多くの人を惑わす魅力的な誘惑が、この世界には蔓延っているのだ。


 慎のように学校を中退し、経歴で弾かれ就職出来ずにあぶれた者や、問題を抱え人の群れの中で上手い付き合いが出来なかった者。不運や災難に苛まれ、生活が枯渇してしまった者に、他人によって人生を変えられてしまった者。


 自らの意思とは別に、誰もが辿る所謂平凡で平均的、常識であり普通と呼ばれる道から外れてしまった者達にとって、ハッカー達の誘惑はまるで泥水の中で澱んだ光を見つけるような、幻想で作られた夢を見せてしまう。


 テレビのニュースや動画サイトなどで流れている、サイバー犯罪の事件。無論、捕まれば罰せられ罪を負うことになる。見せしめと言わんばかりに報道される犯罪者達のニュースも、それが事実であるかなど普通の人間には確かめようがないのだから。


 だが人は、それを疑うこともなく信じる。報道される出来事や情報、ネットで拡散される情報やデータ。何が本当で嘘なのか。ほとんどの人間にとって、そんなことは問題ではないのかも知れない。


 当事者になって初めて気づくのだ。


 虚偽や偽造が大きく早く世界中に広まり、真実を知る僅かな者達の声は届くことはない。


 これが、自分達の生活の大半を占めていたものの正体なのだと。


 そして気づいた時にはもう手遅れになっている。何か行動を起こそうとも、誰も本当の意味で理解しようとする者はおらず、憐れみの目で見つめ安堵するのだ。


 かわいそうに。元気出せ。良いことあるさ。

 (こいつよりはマシだ。下には下がいる。哀れで見ていられない)


 慎や明庵、そしてWoFに残っているミアやツクヨも、そういった人間社会に潜む正体に触れた者達と言えるだろう。


 彼らがいくら声を出して訴えても、その経歴や過去が邪魔しておかしくなったと見られるだけで、信じて貰えない。何も知らなければ、信じろと言うのも難しい話だ。


 幽霊が見える。宇宙人を見た。未来が見える。


 こんな話を誰が心の底から信じると言うのか。それは同類の者でしかない。


 明庵にとって慎は、漸く見つけた“同類“であったのだ。しかし、彼はその真実を知ることなく目の前で失ってしまった。


 黒いコートの何者かが慎を連れ去ったことから、彼を本当の意味で失った訳ではない。恐らく殺すつもりであれば、その場で殺し明庵も殺していたことだろう。


 慎が何かを知っていたとして、口止めの為ではなく彼には別の用途があるということだろう。わざわざ連れ去ったからには、すぐには殺さない。


 明庵はドローンの解析を待ち、結果を調べる。


 だがそこに、“異変“の反応はなかった。あった、と言う検証結果も出ていない。既に遅かったのだろう。慎を連れ去った何者かは、当然後を追われないように証拠を消し去る準備をして現れた。


 その逃走経路を追うことは、朱影らでも不可能だった。


 「クソッ・・・!何だっていうんだ。如何していつも俺の邪魔ばかりッ・・・」


 苛立ちを露わにしそうになったところで、建物内へ入っていく人の声のようなものが聞こえ始める。調査と探索を終えた巡回ドローンが戻ったのだろう。多くの警察関係者が、焼けた事件現場へと入ってくる。


 いち早く明庵のいる部屋へやって来たのは、初めに事件現場となった建物の入り口にいた、スーツ姿の若い刑事とトレンチコートを着た年配の男だった。


 「おーい、出雲や。タイムリミットだ、そろそろ手を引け」


 「・・・えぇ、分かりました・・・」


 渋々といった様子で、出雲明庵は慎と出会った部屋を出ていき、建物を後にした。ドローンによる建物の巡回もなくなり、これで朱影らも漸く動き出せるようになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る