魔法の創造と人の創造

 海面へ向けた砲台が大きな音と共に火を吹く。放たれた砲弾は氷漬けになった海面に接触し爆発を引き起こす。波の彫刻は粉々になり飛散すると、シャーロットの乗る馬車では到底通過出来ないような、歪な形へと姿を変えていく。


 だが、氷を操る彼女がその程度の障害で止まるはずもない。ジャウカーンが炎の形を自在に変化させるように、シャーロットも氷の形を自由に変えられる。


 荒れ果てたオフロードのように変わった氷の道を、女王の帰還を盛大に迎えるように、彼女が通る道を彩るように、凍った海はみるみるその姿を変えていく。


 氷でできた木々に、道端には草原のように繊細な草原が現れる。大気中に煌めく小さな雪の結晶は、集まって淡い光を宿すと妖精のようになると、彼女の馬車が向かう場所へと導く。


 「せッ船長!ダメです、奴の進撃を止められません!」


 「構わねぇから続けろ。砲弾は俺がいくらでも作る」


 船員達の表情が青白く変わっていく。だがそれは、不安や恐怖からではない。至極単純な寒さからだった。当然だろう。常に動きのある海のような水面が、シャーロットが近づくに連れ瞬く間に氷像へと変わり、美しい氷の世界へと姿を変えていくのだから。


 「彼女の魔力も底なしという訳ではないでしょう。少しでも戦力を削っていれば、いつかボロを出す筈・・・」


 「どうだろうな・・・。あの強かな女が、そんな単純な手に乗るとは思えんがな」


 「何か考えがあるので?」


 そう言うとエイヴリーは立ち上がり、自ら甲板へと出ていった。そして絶えず寒さに絶えながら砲弾を込めては放つ船員達の元へとやって来る。そして皮膚が張り付きそうになるほど冷え切った砲台に、厚手の皮で作られた如何にも高級そうな手袋で触れる。


 「随分と我慢をさせちまったな。今度はこれを使うといい。少しは温まるだろうよ」


 すると、砲台は形を変え、稼働範囲を広げたガトリングへと変わる。ハンドルを船員の方へ預けると、エイヴリーはまた別の砲台へと移動を開始する。


 新しく生まれ変わった武器を手に、狙いをシャーロットへ定め引き金を引く。砲身がゆっくりと回り出し加速する。そして火を吹くように弾丸の雨を撃ち放った。


 馬車から様子を見ていたシャーロットは、ガトリングが弾丸を吐き出す前に間の空間に氷の壁を作り上げる。しかし、思った以上にガトリングの威力は凄まじく、氷の壁に線を引くように横一直線に弾丸をぶつけると、最も容易く壁を崩落させたのだ。


 「全く・・・。人間の作り出すものは、何故こうも物騒な物が多い。より多く、より効率的に恐怖を振り撒き、敵の身も心も打ち砕こうという悍ましさを感じるぞ。何の為に与えられた知性だ。それで神に与えられたものを大切にしようとは思わないのか?」


 銃や大砲、その他近代兵器と呼ばれる武器を好まないシャーロット。人智が積み重ねて得た力を否定するように、彼女は魔法でその力と対抗する。


 馬車から身を乗り出したシャーロットは、前を走る馬の背に移動するとその身体から重荷になっていた金具を外す。馬車はそのまま後方へと置き去りされ、露へと姿を変える。


 馬の手綱を握った彼女は、見事な騎乗技術で氷の木々を駆け抜ける。次から次へと製造されるガトリング。徐々にその手数が増えていく中、彼女も負けじと海に氷の森を作り上げるように景色を創造していく。


 伐採される木々が倒れ道を塞いでいく。それはまるで蛇のように駆け抜け走り抜けるシャーロット。


 「レースでは俺達が間違いなく勝つ。だが、単騎の能力で彼奴を上回る者もそうはいまい・・・。魔法の力に愛された者に、人の叡智がどこまで通用するか・・・。ここで新たなデータとして学ばせて貰おうか!」


 エイヴリーのクラフトする兵器はガトリングに留まらず、小型のレールガンを模したレーザー砲のようなものまで船体に作り出す。


 「人が創造し生み出す力は、魔法にも劣らぬ神から与えられた“力“だ!魔法も兵器もどちらも変わらぬ・・・。それを扱う人間の違いでしかないのだからな。ならば、先人達がその命を燃やし作り上げた礎を信じてみようじゃぁないか」


 エイヴリーのクラフトした人間の叡智の結晶により、氷の森林が次々に薙ぎ倒されていく。


 魔法が生み出す大自然を模した氷の力も、人の叡智が生み出す兵器による破壊も、どちらも一歩も引かぬ攻防を繰り広げているように見えた。しかし、やはり勝利へと天秤を傾けたのは、圧倒的数によるものだった。


 シャーロットの作り出す氷の森林は、次第に生み出すよりも薙ぎ倒されていく方が早くなる。


 「数もまた人の力か・・・。神秘も有限である限り、数の暴力には抗えぬか・・・」


 倒れる木々の間を駆け抜けるシャーロットだったが、影のある表情が浮き彫りとなる。実際のところ、たった一人の魔力でここまでの所業ができること自体大したものなのだ。


 エイヴリー自身も、兵器を生み出しているのは一人だが、そのスイッチを入れるのは人の手によるもの。数無くして彼女の魔法に対抗することは不可能だった。


 もうあと少しで終着点という、ゴール側の大戦線。兵器と魔法による勝負の行方が定まろうかというところで、彼女に欺かれたもう一人の魔法に愛させし者が、怒りをぶつけるようにその力を撃ち放つ。

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