海の旅の終着点

 トップ争いをする四人の中で最後尾にいたマクシム。しかし、操縦と機体の勝負となった今、彼の特殊な細工が施されたボードだけが優位性を持っていた。


 徐々に追い上げ始め、前を走るキングにゆっくりと追いつき並ぶ。当然、キングは邪魔をしようと体当たりをするようにハンドルを切るが、より機敏に動くマクシムのボードには当たらず、風を捕まえるかのようにあっさりと避けられてしまう。


 「野郎ッ・・・!あのオッサン、何か仕込みやがったな!?」


 「これがアンタと船長の差だよ、“俺ちゃん“」


 近隣諸国や大海原に知れ渡る組織のボスであっても、海賊の頂点と言われるまでには至らない。その要因は、マクシムの言うエイヴリーの存在と、ハオランの主人であるチン・シーがいるからだ。


 グラン・ヴァーグや他の港町で、最も優れた海賊団はどこかと聞いて回ると、皆の意見は三つに割れる。それほど均衡した力関係なのだ。


 このレースの戦績を見てみても、勝利回数はエイヴリー海賊団、チン・シー海賊団、そしてキングのシーギャングで殆ど差はない。稀に誰かが順位を下げようとも、必ず彼らの内どこかの海賊団が毎回優勝しているのだ。


 他の海賊団は、ウィリアムの弟子であるツバキのように、彼らを蹴落とすことで一気に注目を集めることが目的の者達も多い。中には道中のお宝や貴重なアイテムだけが目的だったり、デイヴィスのように他の目的を持つ者など様々だ。


 だが、何かに命懸けで取り組むのなら、一度は頂点を夢見るものだろう。それはWoFの世界も、シン達の暮らしていた現実世界でも同じこと。


 単独であれ、団体であれ、スポーツで頂点を目指したい。アイドルで頂点を目指したい。自分に出来る得意なことで世界記録を出したい。いつの時代であれどんな世界であれ、誰でも夢を見ることは自由だ。


 当然、容易な道のりではないだろう。しかし、夢を持つことで自分のやりたい事やなってみたいものへの方向を定めることで目標を得る。それに向かって努力をすることは、決してその人にとって無駄なものにはならない。


 例え不可能だろうと、挫折をしようと、そこに至るまでに得た経験や知識は、その人間の人生の糧となるのだ。それが、必ずしも新たな道の役に立つとは限らない。


 しかし、心の成長は他人と関わる上で必ず役に立つ。その経験を善事に使おうと悪事に使おうと、その先はその人間それぞれの道で変わる。


 チン・シーやシン達が死闘を繰り広げたフランソワ・ロロネーも、ただ無闇に悪事を働いていた訳ではない。彼には彼なりの過去があり、そこで得た経験を活かし、彼なりの人生の道を示した。


 何も得ず、何かを得ることは出来ない。同時に、何かをすれば何かしらの得るものがあると言うことだ。


 キングの先には、ほぼ同速で並ぶシンとハオランの姿があった。距離にして十メートルも無いだろう。距離に多少の差はあろうと、ちょっとしたミスや要因で順位はすぐに変わる。


 波の越え方や着水の仕方。僅かな風の受け方や水飛沫だけでも速度に違いが表れるような緊張感。息を忘れるほど集中してしまう。意識が操縦と周囲の環境確認、そしてバランス感覚に集中する。他には何も考えられない。


 余裕を見せていたキングの表情からも、緊張感が伝わってくるようだ。レース慣れしている彼らでも、これほどのデッドヒートは経験したことがないのだ。


 キングの運動神経のセンスが光る。波に合わせた絶妙な重心移動が、前を走っていた彼らとの距離をジリジリと埋め、三人に並び出るように彼らの視界に姿を現す。


 シン達にしてみれば相当のプレッシャーだろう。同じ機体に同じ速度と条件は同じにも関わらず、まだ距離があったと思っていたキングに追いつかれてしまったのだ。


 マクシムも例外ではない。機体の性能で優位に立っていた彼。速度に違いがあっても尚、追いつかれたとなれば動揺は隠し切れない。やっとの思いで獲得したリードを失うも、彼もまたシンとハオランの戦闘争いに合流する。


 四者が同列に並び、天色に染まる海にスカイライティングのように白い泡を立てて駆け抜ける。ゴールの大陸が目視できるところまでやって来た。向こうからも彼らの様子が見えているのだろう。


 大海の横断を果たした彼らを迎えるように、大きな歓声とその勇姿を捉えようとする撮影用の飛行ユニットが飛んでいる。


 「長きに渡り繰り広げられてきたレースも、遂にフィナーレを迎えようとしています!姿を現したのは、海賊船でも戦艦でも、はたまた召喚された魔物でもありません。個人用の機体・・・、それも四機同時でのエントリーだッ!」


 ゴールとなる港町では、レースの終幕を見届けるため多くの人々が集まり、その瞬間を今かいまかと待ち侘びていた。撮られた映像は、グラン・ヴァーグの人々にも共有されている。


 開会式の時に目にした空に映し出される大きなモニターに、彼らの姿が映される。多くの者達がデッドヒートを繰り広げるその様子に沸き立つ中、レースに詳しい有識者や今回参加しなかった海賊達、そして船や乗り物に携わる者達は、彼らの乗る機体に驚き、感銘を受けていた。


 「何だあの乗り物は・・・。個人用の機体か?」

 「他の船はどうした?それほど今回のレースが過酷だったと言うことなのか?」

 「エイヴリーやチン・シーの船が辿り着けないなんてことがあるのか?」

 「こいつぁフォリーキャナルレース史上に残る名場面になるぜ」


 会場に訪れていた人々の中に、ツバキの師匠であるウィリアムの姿もあった。ツバキが一人、誰にも相談やアドバイスを受けることなく内密に作っていたことを知っているウィリアム。


 表向きには、まだ人に提供するには早いと言い聞かせていた。しかしどうだろう。映像の向こう側に映っている彼らの足元には、そのツバキが作り上げたボードがあった。


 それも、トップを争う四名がそれぞれ同じ機体に乗っているという、信じられない光景が広がっていた。ウィリアムはまるで、自分のことのように身体が震えた。彼の人生でも、このような経験は一度もない。


 自分の作った船が多くの人々に使われ、流行の最先端になるということは、造船技師冥利に尽きる。ウィリアムは今まさに、その新たな歴史の風を感じていた。


 「・・・これは・・・。ツバキ、まさかお前がここまで成長しとったとは・・・。わしはもっと早くに、奴を世界へ飛び立たせてやるべきだったのか・・・」


 少年と出会ってから、その仕事を見せ同じ道を歩み始め、弟子として造船のノウハウを教え込んでいた時から、筋がいいのは何となく感じていた。


 キングが天賦の才やセンスを持つように、ハオランが努力や忍耐の才能を開花させたように、ツバキには器用さと卓越した発想力があったのかも知れない。

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