ゴールテープを切る

 映像を中継している飛行ユニットを引き連れ、遂に四人が町からも目視できるところにまでやってくる。盛り上がる歓声はこれまで以上にヒートアップし、ビリビリと大気を震わせる。


 それは当人達の耳にも届いていた。もう少しで長かったレースに終止符が打たれる。それを肌身で分かるほど実感すると、彼らの身体も自然と前のめりになる。


 その表情に余裕とい文字はない。それぞれが須く感じている緊張感と、一つのことに夢中になるという充実感に満ちていた。


 より洗練された集中力の中で、僅かに差を見せつけ始めたのは、やはり生まれ持った才能とセンスを見せるキングだった。シン達の視線に見向きもせず、波や水飛沫に神経を研ぎ澄ますキングは、まるで波に張り付くかのように絶妙な重心移動を魅せる。


 ゴール間際のせめぎ合い。僅かでも前に出られれば、無理をして何とか追いつこうとしてしまうところだ。しかし、シンはこの状況においてキングの足元を注意深く観察していたのだ。


 何故操縦の経験の浅いキングが、自分よりも前に出られるのか。それは機体の性能によるものではないと、すぐに気が付いた。ならばどう足掻いたとしても彼に追いつくことは出来ない。


 視野を向けるべきはそこではない。機体を操縦する人物そのものに違いがあるのだ。四人とも魔力や能力といったスキルは使っていない。同じくその身一つで勝負をしている。


 経験ではない、これは知識だと考えたシンは、キングが短期間で成長したその秘密を探ろうと彼の動きを注視する。そこで気が付いたのは、機体の上での身体の動かし方だった。


 シンやハオラン、マクシムの様子は波やボードに身を任せるように揺れ動く、謂わば自然体と呼ぶに相応しいであろう動きだった。それに引き換えキングの身体は、波に合わせるように膝や足首を使い、身体を上下左右に合わせていたのだ。


 そんな小さな違いなど、一見して分かるものではなかったが、相手の弱点や隙を観察するというアサシンのクラスが功を奏したと言えよう。これはゲームでいうところの、“パッシブスキル“と呼ばれるものだ。


 WoFに生きるキングやハオラン達でいうところの“センス“とも言える。違いを見抜いたシンは、キングの動きをまるで影のように真似る。彼自身、気付いてはいなかったが、これは後にシンのスキルとなる“鏡影“[きょうえい]の走りとなった。


 無論、海上で影は使えないので魔力による補助や援護は受けられないが、それでもちょっとした技術や知識であれば、注視することで習得可能だった。


 キングのように、波に合わせて重心を移動させることに集中するシン。すると、彼は共に並んでいたハオランやマクシムよりも僅かに前へで始めたのだ。


 「何故だッ!?俺のボードの方が性能は上の筈ッ・・・!一体何が違ってんだッ!?」


 マクシムは気づいていない。そして、例え彼がシンやキングの加速の理由を知ったところで、同じことをするのは不可能だった。彼にその技術やセンスが無いという訳ではない。


 彼の乗る、シン達よりも優れた性能のボードに原因があるからだ。同じく重心を移動させるという理屈を理解することは可能でも、そのスピード感覚で彼らの行っている重心移動をするのは、彼ら以上に技術が必要なことだからだ。


 速度が変われば、波にぶつかる力も変わり、ボードが跳ね上がる高さや距離も違う。良かれと思い向上させた性能が、彼にとってより大きな壁を作り上げてしまったのだ。


 たらればを言うのであれば、もう少し彼にツバキのボードを操縦するだけの時間があれば、或いは習得できた技術だったのかもしれない。即興の力では、費やした時間の壁は越えられないということだろう。


 そしてもう一人。努力に身を費やした執念の男は、キングとシンの加速を目にし、口には出さずとも静かな焦りを抱いていた。


 キングの常人離れしたセンスであれば、何かしらの技術によって加速したとも考えられる。しかし、条件としては全くと言って良いほどのシンに何故負けるのか分からなかった。


 無論、彼の思考もシンと同じく、機体の差ではなく操縦する人間自体に関係していることにはすぐに気が付いた。そこで彼も、前方に集中しながらも視界の端でシンやキングの動きを漠然と捉える。


 すると、僅かにだが彼らと自分のリズムが違うことに気づいたのだ。波に揺られる中での身体の動きが、微妙に違う。その違いは何か。ハオランは、シンがキングにしたのと同じように、注意深くその動きの違いを観察した。


 行き着いた答えはシンと同じ、重心の使い方にあることに気づく。取り返しのつかない遅れをとる前に、ハオランも彼らに習い、波に合わせた重心の移動を試みる。


 しかし、シンがすぐに真似られたように上手くはいかなかった。彼はシン以上に、コツを掴むまでに時間が掛かってしまった。その要因は、彼の肉体にあった。


 ゴツゴツとした筋肉質な身体とまではいかないものの、かなり引き締まった身体に、研ぎ澄まされた刀のように無駄のない筋肉。シン達の現実世界で言うところの、細マッチョと言うに相応しい。


 キングも大概ではあるが、彼の場合年齢や骨格の違いもあり、そこまでではなかった。それが一体何の関係があるというのか。それは単純に、ハオランの力加減では受ける波の動きに重心を合わせるのが難しかったのだ。


 剣を振り抜いたり槍を突くことや、相手を引っ張ったり投げ飛ばすといった、瞬時に力を発揮することは得意分野だったが、水の流れに身を任せるような不規則で繊細な動きを掴むまでに時間が掛かってしまった。


 少しずつ加速し、何とか遅れを取らずにいたハオランだったが、遂に自分なりのリズムを掴み始めると、そこからはシン達に一歩も劣らない動きとなり、徐々に差が広まらなくなっていった。


 それどころか、一度コツを掴んだハオランは、キングやシン以上に加速の恩恵を受け、再び彼らに並び立つところまで追いつく。


 一人その技術を身につけられないでいたマクシムは、強引にハンドルを握り締めエンジンを振り切らせると、少しでも空気抵抗を無くそうと体勢を低くして彼らを追う。


 海を裂く四人のシルエットが大きくなる。大きな水飛沫と波を立てながら、エンジン音を轟かせてゴールの港町に突き進む。


 そして、大歓声をその身に受けながら四人の男達は、神経を研ぎ澄ませあらゆる力を振り絞り、立体映像で浮かび上がるゴールテープの引かれた海岸へ、弾丸のように飛び込んで行った。

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