平坦な運命に憧れて

 糸を構え、キングの背後へと迫るマクシムの様子を見て、シンはとある疑問を抱く。単純なこと過ぎたのか、それとも後を追う者達が必死で気づかなかったのかは定かではない。


 だが、側から見れば直ぐに気付きそうなものだった。


 何故、キングはこうも容易く後続の者達を追い付かせるのか。今までの撃退を見ていると、彼の単なる好奇心や遊び心といったものとも捉えられるが、こうは考えられないだろうか。


 ツバキのボードは操縦者の魔力やスキル、能力を反映することの出来る特殊な乗り物。そのボードがもし、操縦者の魔力を受けることがなくなれば、ただのジェットボードや水上スキーを単品でこなせるという代物になる。


 逆に膨大な魔力を注ぎ込めば、それだけ加速することだろう。もしやキングは、ハオランやマクシムを追い付かせているのではなく、引き離せないほど弱っているのではないだろうか。


 ただの憶測に過ぎなかったが、シンはマクシムの背を追いかけるのと同時に、キングの表情にも注意して眼光を光らせた。


 そして疑えば疑うほど、キングの一挙手一投足がそう見えて仕方がないのだ。これはもしや、もうスキルを放つだけの魔力など残っていないのではないだろうか。


 シンのその思考は、今がチャンスなのではないかと彼の背中を無闇に押し出す。だが、そう思う反面で不安要素もある。


 今まさに戦いを始めるマクシムの攻撃を、キングは能力も使わずに見事に躱しているのだ。この短期間にどうやってこれ程の操縦技術を身につけたのだろうかと考えさせられるほどだ。


 巧みなボード捌きで水飛沫を立てると、マクシムの飛ばした鋼糸を弾き、海面に忍び寄るものも同時にまとめて退けている。マクシムはエイヴリー海賊団の中でも、特に信頼の厚い幹部の一人だ。それがこうも苦戦を強いられるものなのかと、尻込みさせられてしまう。


 しかし、勝機の見えない戦いに身を投じるのは、何もこれが初めてではない。この世界に来た時から、いつものゲームとは全く別物の緊張感がシンの中にはあった。


 それこそ、右も左もわからぬまま転移させられ、そこで戦ったスケルトンの群れにだって死を感じたほどだ。それから何度も死線を乗り越え、流されるようにここまでやって来た。


 自ら望もうと望まずとも、人には試練の時が必ず訪れる。そしてそれは、今まさに彼が身を投じている海の波のように迫り、形はどうであれ過去へと過ぎ去っていく。


 現実の世界で彼を苦しめた出来事のように、何故こうも平坦な運命を辿らせてくれないのか。何故運命は、一部の人間こうも数奇な試練を与えるのか。シンは“普通“が欲しかった。


 誰しもが辿るような道で、誰しもが迎えるであろう道を歩みたい。高い望みはなく、ただ何の起伏もない普通の人生でよかった。


 なのに、自分の好きなゲームの世界でまでこんな危険で大変な思いをしなければならないのか。だが、不思議と今は昔よりも辛く感じなかったのだ。


 精神的な苦痛よりも、物理的な命の危機の方が、より生きていることを実感出来たからだ。死んだように生きるよりも何倍もマシだった。


 それは、このWoFで生きる者達の生き様を見て来たことで、より強く感じるようになってきたのだ。綺麗事の言葉だけではイマイチ理解できないことも、肌身で感じることで本当の意味を知ることができた。


 だからだろうか。シンは“挑戦“することへの意識ががらりと変わった。故に嫌な想像をしようと、キングに立ち向かうことに躊躇はなかった。


 シンは一気に加速死、マクシムとキングが争う戦場へ自ら飛び込んでいく。


 飛び交う水飛沫の中に強引に割り込む。驚いた二人の表情を尻目に、先頭へと躍り出たシン。その様子を目で追っていたマクシムは、ふとキングの方へ死線を送る。


 彼は一体どう出るのか。しかし彼がキングの方を向いた時には、既にキングはシンへと腕を伸ばしていた。このままハオランにやって見せたように、海へと沈める気なのではないかと。


 だがこれはチャンスだ。そう考えたマクシムは、キングがシンへ標的を移しているうちに、彼を捕らえようと再び蜘蛛の糸のように張り巡らせる。


 マクシムの予想通り、キングはシンをこの舞台から退場させようとスキルを発動した。それを知ってか知らずか、突如海面で旋回するようにぐるりとボードを横回転させて、キングのスキルを辛うじて避ける。


 海面を滑るように回ったシンは、その手に幾つかの投擲武器を携えていた。それを惜しげもなく殺すつもりでキングへと投げる。

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