男の背を追いかけて
仲間の待つ船へと戻ったシンに駆け寄るミア。リヴァイアサンの死体に近づき何をしていたのかを問われ、当初目的としていた異世界への転移ポータルを作り出すアイテムが、巨獣の背中にあったことを告げる。
そしてそのアイテムが、ヘラルトを飲み込んだ謎の穴に持っていかれたことを話しと、彼女は少しほっとしたような表情をした。続け様に彼女は、安堵した理由と海域に訪れた異変について彼らに語った。
「そうか・・・。だが少し安心した」
「安心・・・?」
「こちらの世界の誰かに渡ったのでなければ、私達の世界で良からぬことをしでかす心配もないだろう」
「でも、あのアイテムが俺達の探していた現実世界への転移ポータルである確証はない・・・」
「その穴とやらを作り出したのが例の連中であるのなら、奴らが私達のようなイレギュラーな存在を探し出す為の“餌“に使っていた道具を回収した、と考えていいだろう」
彼らは直接その目で見たわけではないが、リヴァイアサンの持つ力と能力、そして本来在るべき意思を元の場所へと戻したのは、シン達の事情を知るかもしれない黒いコートの男達。
その為の装置として、リヴァイアサンの背中に短剣や謎の文字の羅列を残し、未知の穴を出現させていた。ミアの言う通り、現に穴に吸い込まれたのはヘラルトしかいない。
そしてシンが最後に見た穴から伸びる手は彼のものではなかった。例え転移ポータルが彼の手に渡ったとしても、シンやミア達が戦ってきたロッシュやロロネーのような者達の手に渡るよりは、安心できる。
シンとウンディーネがリヴァイアサンの背中で体験したこと、目の当たりにした光景の話が済むと、ミアはシンをツクヨとツバキのいる操縦室の方へと連れていく。
そこには船の操縦に悪戦苦闘するツバキの姿があった。シンは彼の動揺する姿に、驚きと少しの不安を抱いた。これまでの彼の操縦技術は、シン達の海に対する不安を抱かせない程の信頼があった。
勝手に抱いていた安心感と信頼だが、頼りになる主柱が揺らげばそこにいる者達も不安になる。専門家が対応できなければ、素人にはどうしようもないからだ。
「クソッ・・・!どうなってやがんだよ、これ・・・!」
「どうしたんだ?」
「シン!おかえり。あの大きな魔物を倒せたのはいいんだけどさ・・・」
「奴がから流れ出る大量の血のせいで、船が進まねぇんだよ・・・。幸い、他の連中も動けねぇんだからまだマシだがよぉ・・・」
リヴァイアサンからの帰還中、レールガンによって吹き飛ばされた頭部から大量の血液が噴出していたのには気づいていた。だがそれが、海や船にどんな影響を与えていたのかまでは把握していなかったシン。
今にして思えば、彼が船に帰ってきてから全くと言っていいほど景色が変わらない。それにはこういった事情があったからだった。
船は泥沼のように侵された海に舵を取られ、一向に進む気配はない。レイド戦を終えたからといってそこで終わりではない。これまで命懸けの戦闘で頭から消えていたが、彼らが海を渡っているのはレースの為であり、リヴァイアサンとのレイド戦もその一部でしかない。
レースはまだ終わっていない。寧ろここからが重要なところなのだ。上位入賞するためには、いち早くこの海域を抜け、ゴールとなる大陸に辿り着かなければならない。
ツバキの言っているように、幸い現状は皆一様に同じ状況下にあるようで、どの海賊団が抜きん出ているといった様子は見受けられない。更に言えば、シン達の乗るツバキの小型船は、他の海賊団の船に比べ質量が少なく、血に侵された泥沼のような海による足止めの影響も少ない。
しかし、そんな中颯爽と赤黒い海を駆け抜ける一人の男が見えた。ここにきて漸くその人物の存在を知り得た彼ら。そしてその者が乗っているのは、ツバキがエイヴリーの物資をくすねて完成させた、乗る者の魔力を範囲する不思議なボードだったのだ。
「おいおいおいッ!何だありゃぁッ・・・。俺のボードじゃぁねぇか!!」
「キングだ!俺が落ちた時にボードを回収していたんだ。あれなら海を渡れるのか・・・!」
船が軽ければ軽いほど、血海の影響を受けないのは周囲を見れば何となくわかることだった。だが、その中でも最も軽く小回りのきく乗り物は、ツバキのボードを置いて他にない。
奇しくも、キングのその姿を見るまでシン達もその存在を忘れてしまっていたのだ。
「感心してる場合じゃねぇ!シンッ!アンタが行け!奴にボードを渡しちまった責任を果たしてこいよなッ!!」
シンに迷いはなかった。ツバキの声に背中を押された彼は、頭で考えるよりも先に身体が動いた。すぐにボードを手に取り、再び甲板まで駆け上がっていく。
「アタシらも出来るだけの援護はする!後は任せたぞ!」
通路の後ろの方からミアの叫ぶ声がする。振り返る余裕もなく、シンは大きな声で返事を返し駆け抜ける。そして甲板に出ると、躊躇することなくおどろおどろしい血海へ足を踏み入れていく。
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