血海を越えた先へ
海賊達の奮闘の末、巨大な魔物は遂に倒された。全ての思いを乗せた雷撃に頭部を撃ち抜かれた魔物は、その強烈な一撃に頭を千切られえたように失い、おの全ての能力を停止した。
首からは大量の血が、噴火した火山のマグマのようにドロドロと海へと流れ落ちていく。リヴァイアサンの身体から流れ出る血液は、レイド戦の戦地となった海域一帯を赤黒く染め上げる。
その光景は宛ら、地獄を航海す禁忌に触れた呪縛に囚われる海賊かのような気分にさせらた。
消えゆくリヴァイアサンの身体へ向かうシンとウンディーネとは逆に、海賊達は赤黒い海を同じ方向へ向かって動き出す。いつまでも勝利の余韻には浸っていられない。何故ならレースはまだ終わっていないのだから。
だが、リヴァイアサンの血に舵を取られ思うように進むことが出来ず、足止めを食らっている海賊船が多数見受けられる。その中でも、沼のようにまとわりつく海水に影響を受けずに海面を駆け抜ける者がいた。
それは三大海賊の一人、キングだった。
シンから奪ったツバキのボードは、リヴァイアサンの血に染まる海域に足を取られることなく、存分にその性能を見せつけたのだ。頭ひとつ抜き出たキングは他の者達を置き去りにし、一人レースの終着点である大陸を目指す。
「本当にいい出会いをしたもんだねぇ〜!まさかこんな贈り物まで貰えるたぁ〜、俺ちゃんはやっぱり勝利の女神に愛されてんだね!」
しかし、ツバキのボードを手にしているのは何もキングだけではない。器用にリヴァイアサンの身体を滑り降りていく一人の男に、何者かの声が脳内に染み込んでくるように伝わる。
「ハオランよ、先に行けッ!我々はもう少し時間が掛かる。その間にお前だけでもここを抜けるのだ。何としてもあの若造に先を越されるな!」
「我が主人・・・。かしこまりました。お先に失礼しますッ!」
チン・シー海賊団最強の矛であるハオランは、ある程度海面にまで降りてくると海へ飛び降り、キングと同じくツバキの創作したボードで血の海を颯爽と駆け抜け、先を越されたキングの後を追う。
そして、キングやハオランの猛進を黙って見送るエイヴリー海賊団ではない。再三見せつけられてきていたキングやハオラン、そしてシンが乗っているボード。
エイヴリーはそれを、話に聞くだけではなくその目で見てきた。役割を果たした戦艦の一部を使い、エイヴリーはそのクラフト能力で、本物と瓜二つのボードを作り上げた。何より彼らは、そのボードに使われている貴重な素材が何なのか知っている。
何を隠そう、その素材を調達してきたのは彼らエイヴリー海賊団なのだから。エイヴリーはボードを作り上げると、海賊団の中で最も軽快な身のこなしが可能な人物を抜粋し、二人の後を追わせる。
「マクシム、今奴らに追いつけるのはお前しかいない。行け!」
「了解しましたぜ、旦那。後は任せて下さいな!」
駆け足でボードを手にすると、甲板から勢いよく飛び降り空中でボードに乗り込む。着水と同時にエンジンを全開にし、水飛沫を噴き上げてキングとハオランの後を追いかけるマクシム。
彼らがそれぞれ動き出す少し前。
シンは消えゆくリヴァイアサンの背に見つけた、転移ポータルを作り出すアイテムを入手せんと向かっていた。
血の雨が降り頻る中、下降していたウンディーネの水球から新たな道を繋げ、急ぎボードに乗りリヴァイアサンの背中に移動する。
範囲を縮小してはいるものの、ヘラルトが飲み込まれた何処へ通じるとも知らぬ穴の側に、転移ポータル作成の為のアイテムがある。今も尚、沈みゆくその揺れで穴に落ちそうになっている。
シンが今から向かっても入手できるかどうか、かなり際どいというところだろう。少し離れた位置に着地したシンは、急ぎ周囲を見渡して先程見つけたアイテムの場所を確認する。
探し当てるのにそれほど時間は掛からなかった。すぐに駆け寄っていくシンだったが、アイテムを目前にしてリヴァイアサンの身体が大きく揺れた。その衝撃でアイテムが転がってしまい、閉じようとする穴に落ちそうになっていた。
「クソッ!折角ここまで来たんだ!手ぶらじゃ戻れねぇだろッ!」
「ダメよッ!あの穴がどうなっているのか分からないままじゃ危険だわ!」
ウンディーネの静止を振り切り、シンはそのまま穴に落ちるアイテムへ手を伸ばそうとした。
すると、何かが真っ暗な穴の中から手を伸ばしているのが見えた。思わず伸ばした手を止めてしまうシン。しかしその一瞬の躊躇いが決めてとなり、アイテムは穴の中の手によって回収されてしまったのだ。
ふと我に帰ったシンの身体を、どこから現れたのか水の触手が絡めとり、後方へ投げ飛ばす。シンが穴に落ちる前に、ウンディーネが彼を助けようとしてくれたのだ。
「全くッ・・・。無茶しないでちょうだい!ミアに頼まれているんだから・・・」
「・・・あぁ、ごめん・・・」
彼女の言葉で、出発前にミアから言われた言葉を思い出す。そしてその時自分が言った言葉が、すっかり忘れていた彼の中に蘇り、踏みとどまることができた。
リヴァイアサンの背に広がっていた穴は綺麗さっぱりその姿を消し、何音もなかったかのような体表と鱗がシンの前に現れる。
「さぁ、戻りましょう。みんなが待ってるわ」
ウンディーネの言葉に従い、シンは余計なことを考えるのを止め、今はただ無事にミア達のいる船に戻ることだけを考えるようにした。
目標を目の前にすると、人は周りが見えなくなる。それは例え事前に決意していたとしても、感情に飲み込まれてしまい優先度が変化してしまう。意思があり感情のある人間ならば、誰しもにあり得ることで、その感情が大きければ大きいほど、自制心だけではどうにもならない事である。
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