怪物の声

 目的の場所まで、あともう少し。ボードはより一層音を大きくし、水飛沫を勢いよく跳ね飛ばしていく。体勢を低くし、振り落とされないよう低重心の体勢を取るシン。


 リヴァイアサンの背には、何やら文字の羅列のようなものが蠢くように、突き刺さった短剣の周りを取り巻いていた。背面に回る度に、その様子がより詳しく見え始めた。


 だが、やはり近づいて見ても、シンにはこれがどんな効果をもたらし、どのように作用しているのか分からない。ただ、これが本当に呪術だったとしても、底知れない魔力を誇る者がかけたであろうことだけは分かる。


 これ程大きなモンスターの能力を封じてしまうほどの代物だ。それこそ聖都でシン達と戦ったシュトラールレベルの者か、或いはそれ以上でなければ不可能だろう。


 静かに作動する魔術にシンは、思わず息を呑んでしまうほどの恐ろしさを、その身に感じていた。共について来ていた、ミアの作り出した精霊ウンディーネは一体どんな反応をしているのだろう。


 ボードの操作の片手間に、視界を僅かにずらし、精霊の姿を視界に捉える。しかし、彼女はそれほど動揺している様子はなかった。それこそ、気づいていないのではないかと疑う程だった。


 それでも、彼女の身体はシンの見ていた文字の羅列の方を向いており、その視界には確実に映り込んでいるはず。


 それとも、今更精霊は目で見るのではなく感じるもの、とでも言うのだろうか。一向に態度に示さぬ彼女に、シンは堪らず質問を投げかけた。


 「おい!アレ見えるか?あの文字の羅列・・・。何か分からないか?」


 シンの質問に、至って冷静な様子で答えるウンディーネ。どうやら彼女でも見たことがないものらしく、魔力を感じ取るにしても、もう少し近づかなくては分からないのだという。


 何よりもまずは、ウンディーネをリヴァイアサンの後頭部辺りに届けることが先決。うだうだ考えていても、集中力を欠くだけだと、シンはデイヴィスをキングの船へ届けた時のように、目標を一つに見定め走り抜ける。


 「あれは・・・シンさん!?やっぱりここまで来ましたか。彼らならきっと来ると、信じていました!」


 エイヴリーと共に船内から飛び出したヘラルトが、リヴァイアサンに乗り込もうとするシンの姿に気がつく。港町グラン・ヴァーグについて以来、目的の為すぐに別れる結果となってしまったヘラルト。


 シンとミアとは特に、胸の内を話し合うこともなく短い付き合いとなってしまったが、それでも彼らへの恩を忘れずにいた彼は、エイヴリーにシンの手助けに向かうことを許して欲しいと懇願した。


 「せッ船長!僕も彼の元へ向かっても、いいでしょうか?」


 「あぁ?どうしたんだ、今回はヤケにやる気じゃねぇか」


 「知人が・・・彼は僕の恩人なんです!出来れば力になりたい・・・。そっそれに!マクシムさんはきっと彼らが助けてくれていると思うんです!」


 シン達がマクシムを助けたと言う確たる証拠はなかったが、マクシムの落下予想地点や、シンが乗っている水の道の開始点。そして僅かにではあるが、その後方にツバキの物らしき小さな船も見えた。


 そこから推理し、可能性を提示することで、少しでもエイヴリーの許可が下り易い状況へと持っていこうとしていた。どうにも彼は、発想が少年らしくない。一体どんな環境で育ったのだろう。


 故郷を離れ、一人旅をしていると言っていたが、親や身近な人間は少年に何も言わなかったのだろうか。しかし、エイヴリーには少年の考えなどお見通しだった。


 「ガキの癖に・・・。まどろっこしいこと言ってんじゃぁねぇよ。行け、マクシムを連れ帰ってこい!」


 「はいッ!」


 ヘラルトは大きなスケッチブックを開くと、手慣れた様子で筆を走らせる。そして、マクシムやロイクらを救出に向かった時のように、翼の生えた馬の創作絵を描く。


 スケッチブックから飛び出したその馬に乗り、空を駆けシンの元へと向かう。海面付近では、小型モンスターの対応に追われる竜騎士隊の面々がいた。彼らの頭上を駆け抜ける。


 そして、リヴァイアサンの頭部に向けて伸びる水の道で、シンの後を追うモンスターの討伐をするロイクの元までやって来る。すると突然、水圧カッターのように鋭い水のレーザーが彼らを襲った。


 「なッ!?」


 何者かの攻撃が襲ったのは、ヘラルトやロイクだけではなかった。まるで行手を阻むように、水の道を進むシンの元へも襲いかかっていた。


 「人間風情ガ・・・。 チカラ ヲ 失ッテモ コノ程度、訳ハナイッ・・・!」


 突如聞こえてきたその言葉は、近くにいたシンの頭の中に直接染み込んでくるようだった。そしてその言葉が、一体誰から掛けられた言葉なのか、直感ですぐに分かった。


 黒いコートの男にその力を奪われても、この怪物の魔力や戦闘力は並外れたものであることには変わりない。リヴァイアサンの頭部の周りに水の球体が現れ始めると、そこからレーザーのように水が吹き出し、ウンディーネの作った水の道を切断した。

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