獰猛な小さき者達
リヴァイアサンの後頭部に向けて伸びる水の道は、チン・シー海賊団の目にも映っていた。そして、そこにいる人影にも気付いていた。
チン・シーの能力があれば、シンがあの場所で何をしようとしているのか分かるが、距離が離れすぎている。ハオランの精神の中で、彼女とシンは共に戦った。つまり、チン・シー海賊団の者でなくても、シンとはリンクが可能な条件が整っている。
このまま援護射撃を行なっていれば、リヴァイアサンの再生は遅らせることが出来る。だが、シンの目的を邪魔してしまうことに繋がる。目的が分からない今、下手にシンの行動を待っているのも、手遅れになりかねない。
それならばと、彼女は攻勢の手を緩めることなく、リヴァイアサンの傷口を燃やし続けることを選択した。
「チン・シー様、あそこに居るのは・・・!」
「構わん。この程度で死ぬような男ではない。お前も分かっているだろ?シュユー」
海水の水飛沫や、リヴァイアサンの水の魔力でも鎮火しない炎。巨大な怪物の血肉を燃やす程の熱量を持った炎に近づいても大丈夫だろうかと、シンの身を心配していたシュユー。
しかし、主人であるチン・シーが攻撃を続行と言えば、彼はそれに従うのみ。それに彼女は、決して受けた恩を蔑ろにするような人物でないことは、部下である彼らが一番よく知っている。
シュユーやフーファン達は、疑うことなくその手を動かす。次々に飛んでいく炎の鳥は、絶えずリヴァイアサンの傷口を燃やし続ける。
水の道をボードで駆け上がっていくシンとウンディーネ。渦を巻くように、道はリヴァイアサンの首の周りをぐるぐる回るように上がっていくように作られていた。
ボードを乗りこなすシンも大したものだが、道自体が目的地であるリヴァイアサンの後頭部へ運ぶように、水の流れができていた。相乗効果を受け、シンは水飛沫を上げながら軽快に登っていく。
後頭部が近づくに連れ、空気が歪む熱が身体に伝わって来る。そして道は、燃え盛る炎の中を突き抜ける位置にまでやって来た。下で言っていた通り、ウンディーネはシンに水の魔力を纏わせると、そのまま道なりに突っ込むよう伝える。
「大丈夫なんだな!?本当にッ!?」
「少しは信用して!大丈夫、少し熱く感じる程度だから」
分かっていても、怖いものは怖いものだ。宙に浮けるから大丈夫と言われ、高層ビルの屋上から一歩を踏み出すようなもの。燃えるほど熱いと分かっていながら、シンはその炎の中へ飛び込むことを強いられている。
無論、彼に選択肢は無いし、待っていてもボードと水の流れがシンの身体を炎の中へ運んでいってしまう。時は待たずして彼の身体を、燃え盛る炎の中へ突っ込ませる。
「おぃおぃおぃッ・・・!」
思わず腕で顔を覆うシン。ゆっくり目を開けると、シンの身体に引火した炎が徐々に鎮火していた。熱はそれほど感じない。精々熱めの風呂にでも入っているくらいのものだった。
驚きに目を丸くしている間にも、リヴァイアサンの周りを一周し、再び炎の中へと道が通じていた。しかし、最初に抱いていた恐れは、最早無かった。正確には、考える猶予がないほど早く、次の場面がやって来ていたからだ。
シンが炎の中を通るたび、リヴァイアサンの頭へ向かう水の道は、水色からオレンジに変わる美しい光景を見せた。青い体表に周りの景色が映し出されんばかりに艶やかなリヴァイアサンの鱗に、その光景が反射され、首回りを夕陽のように照らし出す。
「炎が奴の身体の周りを覆い始めたッ・・・!何という光景・・・」
「ロイクさん!アレッ!!」
見事な光景に呆気に取られていた竜騎士隊のロイク。だが、その炎の煌めき誘われ、海上で荒ぶっていた小型のモンスター達が、まるで飛び魚のように海面から飛び上がり、シンの走った水の道を利用し、彼を追いかけ始めていた。
「あのままでは、いずれ追い付かれる。おいッ!何人か俺について来い!あの者が何をしようとしているのかは分からんが、コイツらの始末は俺らの十八番だ。小隊を組み、討伐に向かうぞ!」
ロイクの周りにいた数人の竜騎士隊員と共に、水の道を駆け上がるモンスターを排除せんと動き出す。リーズやシャーロットは、先程の大規模スキルのせいで、身の回りの戦闘しかこなせない。
船の中にいたエイヴリーも、レールガンのことをアルマンに任せ甲板へと赴く。そして後を追うように、疲労していたヘラルトも最後の時に何か力になれないかと、スケッチブックを掴み、急いで船の外へと向かっていった。
「ッ!?私の作った水の道に、何か入り込んだッ・・・!」
「何!?だッ大丈夫なのか?」
「毒や腐敗に汚染されない限り道は消えないわ。でも、凄い速さで登ってくるッ!」
水流を利用しているのは、何もシンだけではなかった。モンスターの群れも、その流れを利用し、シンの乗るボード以上の速度で追って来ていたのだ。リヴァイアサンの後頭部までもう少し。だが、それよりも先にシンは、モンスターの追手を相手にしなければならなかった。
武器を取り出し、身構えたシンは前方に集中しながらも、後ろから迫る何かが高速で泳いで来ている音に耳を傾ける。今か今かと、何ども視線を送り確認する中で、遂にその姿を現した。
小さな龍のようなフォルムをした小型モンスターが、大口を開けてシンに噛みつこうとする。シンはボードを傾け反転すると、すれ違いざまにその口を切り裂く。
しかし、一撃では仕留めきれなかった。大型モンスターの取り巻きとはいえ、その体力はそこらの雑魚モンスターよりもあり、そう簡単には排除出来ないようになっていた。
エイヴリー海賊団の幹部の一部隊が、この小型モンスターの討伐に専念している理由がよく分かった。確かにこれでは手間を取るわけだと納得する。
次から次へと飛び掛かるモンスターを、器用なボード捌きと武器による受け流しで、前進しながらも辛うじてやり過ごしていたシンだったが、その数が増えるにつれ、遂に捌き切れなくなってしまう。
だが、彼の稼いだその数秒が、手を貸す者の到着を間に合わせた。何処からか飛んで来た槍が、シンに飛び掛かろうとする小型モンスターを貫き、水の道の外へと吹き飛ばしていく。
「これは一体・・・?」
「誰かは知らぬが、手を貸そう!あの怪物に自ら向かっていくのだ。何か考えがあるのだろう?このモノ達は、我々が引き受けよう!」
「あっありがとう、助かる!」
シンの元へ到着したロイクの言う通り、彼らは見事にモンスターの猛攻を堰き止めた。これで水の道を追ってシンを追う者はいなくなった。
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