病と引き換えに・・・

 三人がログハウスに着いたところで、デイヴィスはアンスティスから受け取った薬をダミアン達に見せた。行動を制限し、漁を行う人間も数人に抑えながら、時間や日にちで回していた為、症状の進行自体は抑えられていた。


 「症状の軽い者や、感染してから日の浅い者ならこれで治せる。だが、重症の者や内臓に転移してしまった者達は治せないそうだ。俺の仲間達で確認したから間違いない」


 「そうか。数はどのくらいある?先ずは、治る範囲で感染してから長い者を優先してやりたい。それで救助できるラインを決める」


 流石に町長らと比べ、話が早い。元より彼らは、それほどスミス医師を恨んでいる様子もなかった。どうやら彼ら漁師サイドは、過去の過ちや風潮には左右されたくない者達で構成された一派であり、ダミアン自身が過去の事や起こってしまった事を振り返らないよう、彼らにも言い聞かせてきたらしい。


 町長らの一派を先に訪れた為、デイヴィスの手持ちの薬はそれほど多くはなかった。彼女の言った通り、薬で治るラインを見極め、ギリギリの者から優先して服用させていくのがいいだろう。


 そのため、もしかしたらいくつかの薬は無駄になってしまうかもしれない。救える者全員に薬が行き渡るように、追加の薬を診療所まで取りに行かなければならない。


 当然、その役を買って出るのは漁師長のダミアンだった。漁師長に代わり、ハーマンがログハウスに残り、そこで静養している漁師達に薬を飲ませ、誰に効果が見られ、誰に見られないのかを記録していくことになった。


 診療所へ向かう途中、ダミアンは漸くこの病に打ち勝つ為の緒を掴んだのだと、希望に満ちた瞳で嬉しそうに語ったが、デイヴィスは心苦しくも、彼女に現実を突きつける。


 スミスはもう長くない。薬の研究はこれ以上進むことはないのだと。それを聞いて彼女は少しだけ肩を落としたが、多くは望むまいとその運命を受け入れた。


 それに加え、恐らく今診療所には町長のハンクが来ているであろうことを伝えると、そちらの方が余程彼女の表情を曇らせた。派閥が分かれてからというものの、まともに彼らは話し合いをしたことがないのだそうだ。


 「ハンクの奴が・・・?」


 「だが、スミスへの考えを変えなければと言っていたぞ?彼の薬へ対する研究の姿勢と成果をみて、奴も改心したんじゃねぇか?」


 「奴が?そんな馬鹿な・・・。誰よりもスミスを叩いていた奴だぞ?」


 一向にハンクの心変わりを信用しないダミアンを連れ、二人は診療所へ到着する。扉を開けて、スミスの寝ているベッドのある部屋へ向かうと、ベッドに横になるスミスの隣で、椅子に座るハンクがいた。


 「・・・ダミアン・・・」


 「ハンク・・・。テメェ、スミスのことこれっぽっちも信用していなかった癖にッ・・・!治せる薬を作った途端にこれか?」


 「ダミアン、いいんだ・・・。彼がわかってくれた。それだけで十分だ・・・」


 スミスは起きていた。デイヴィス達が到着するあでの間、二人はこれまでの事や病の事について話していたらしい。そこで和解したのか、スミスは責め立てるダミアンを止め、ハンクを庇った。


 病人の側で大きい声を出してしまったことを悔いたのか、ダミアンは声のトーンを落とし、スミスの横になっているベッド越しに、ハンクの前に椅子を引っ張って来て座った。


 町のこれからを決めるのは、そこに住む住人の彼らであり、それぞれをまとめる長である彼らだ。邪魔しないように部屋を去ろうとするデイヴィスに、ダミアンは振り返り、薬の件を話そうとした。


 デイヴィスは分かっているという風に、手を前に出し彼女を静止させると、一度だけゆっくりと頷き、部屋を後にした。


 病室に居たはずのアンスティスがいなかった。どこに行ったのか、診療所にいる仲間に彼がどこへ行ったのか尋ねると、診療所の外へ行ったのだと言う。デイヴィスが探しにいくと、診療所を出てすぐの高台に座るアンスティスの姿があった。


 「もう少し薬が必要だ、まだあるか?」


 「俺の部屋にあるよ・・・」


 「何故こんなところに?」


 デイヴィスが診療所を出ていった後、アンスティスはスミスの手当てをしていた。暫くすると町長のハンクが訪れ、二人で話がしたいとスミスに席を外すように言われたのだという。


 二人でいる間アンスティスは、スミスに自らの罪を自白したのだという。するとスミスは彼を責めることなく、ただ一言よく頑張ったとだけ言い、それ以上のことは何も言わなかったそうだ。


 デイヴィスはアンスティスを連れ、診療所の彼の部屋へ行くと、薬を補充し二人で漁師達のいるログハウスへと向かった。中ではハーマンと数人の者達が、横になる仲間へ薬を投与し、その回復具合を観察し記録していた。


 しかし、漁師サイドの者達はそれほど重症な者もおらず、投与された殆どの人間が回復する兆候を見せた。デイヴィスらの到着で、ほぼ全ての者に薬が行き渡った。


 残りの薬を、町のそれぞれの民家にいる住人達に届けるため、ハーマンをはじめとする動ける者を総動員し、住人達の救助に当たった。中には手遅れの者もいたが、アンスティスの人体実験の甲斐もあり、病による感染拡大は鎮静化した。


 仲間の完治を待つ為、デイヴィスは数日の間、スミスの診療所で世話になることとなる。その間、アンスティスの今後についてデイヴィスは本人に尋ねる。


 「どうもしないさ。診療所はこれで終わり。あんなことをした俺は、先生のように人の命を扱う資格なんてないんだから・・・」


 「ダミアンを頼ればいい。アイツはきっとお前のことも受け入れてくれるだろう」


 だが、アンスティスは首を横に振った。例え彼らが和解し打ち解けようとも、アンスティスの彼らに対する気持ちは変わらない。助けを乞うような真似はしたくないのだと言う。


 それから彼は自らの殻に閉じこもり、外に出ることもなく黙りこくってしまった。


 数日してデイヴィスの仲間達が完治すると、最後の挨拶をする為、彼らは町長のハンクの元へと向かった。そこには町長らや漁師らといった派閥はなくなっており、死者を弔う儀を行っていた。


 「部下達は良くなったか?」


 「仲間だ。あぁ、おかげさまでな。 ・・・病と引き換えに、町から医者がいなくなったな」


 「また別の町から連れてくるさ。だが、もう彼以上の医者には出会えないかもしれんがな・・・」


 集められた遺体の中には、スミスのものもあった。デイヴィスが滞在している間に、彼もまた息を引き取ってしまった。だが、最期に彼は町の者達に許され、デイヴィスの計らいもあり、病と戦った英雄として祀り立てられた。


 「アンタには何とお礼をしたらいいか・・・。見ず知らずの町の為、よく働いてくれた。町にあるもの、何でも持っていくといい。アンタらの旅の無事を祈ってるよ。 ・・・ぁぁ、ただ持って行き過ぎは勘弁してくれよ?何せこれから再建していかなくちゃならないんでな」


 「分かってるさ。多くは望まねぇよ。数日分の物資と食料をもらっていく。それと・・・」


 「それと・・・?」


 そう言うとデイヴィスは黙って診療所の方を見つめた。


 町の広場を後にし、デイヴィスは診療所に戻ると、仲間達に荷物をまとめる号令を出す。町を訪れ、病を治すために奮闘した数日間の荷物と道具を港に停めてある船に向かわせる。


 「さぁ、野朗共ぉ!出発の準備だ!荷物を船に運べ。それとついでだ、薬を少々拝借していこうじゃねぇか」


 仲間達が忙しなく診療所を出入りする中、デイヴィスは中を歩き回り、とある人物を探していた。そして診療所の一室で、その目的の人物を見つけると、小さく蹲る彼に声をかけた。


 「おい、俺の命令が聞こえなかったのか?すぐに出発の準備をしろ」


 「・・・・・?」


 何も分かっていない様子の少年。それもその筈。彼には全くもって話など出していなかったのだから。何分、彼を連れていくことを決めたのは、デイヴィス自身数日前のことだった。


 スミスが息を引き取る前、デイヴィスは彼と二人で話す機会があった。その時に、一人診療所に残されてしまう少年のことを頼まれたのだ。恐らく少年は、町の誰とも打ち解ける気はないだろうと、スミスは心配していた。


 居場所のなくなった彼の面倒を見てはくれないだろうかと、まるで遺言のように言い残されたデイヴィスだったが、今回の件もあり、丁度医療に通じる者を船に乗せようと考えていたデイヴィスは、その少年の知識と行動力を見込み、一味に迎えることを決めた。


 「俺達ぁ海賊だ。強奪もすりゃぁ誘拐もする。お前も良く分かってるだろ。俺達と一緒に来い。これはお前の恩師の遺言でもある」


 「先生の・・・?」


 デイヴィスは町の広場でハンクに欲しいものを問われ、是非あるものをと話していた。


 「それと・・・あのガキを貰っていく。丁度治療の出来る仲間を探していたしな・・・」


 「アンスティスを・・・?そうか、仕方あるまい。彼も我々を許す気はないようだしな・・・。それに、新しい医者を呼んでくれば、もっと彼の気に触ることになる。彼の為にも、その方がいいのかもな・・・」


 アンスティスに拒否権はない。デイヴィスが町から奪うと決めた以上、それは絶対だった。それに何より、彼自身も拒むことはなかった。この町にいる理由も目的もなくなり、暗い雲が彼の未来を覆っていた。


 そこへ差し込んだ希望の光は、幸か不幸か、彼らの町を荒らしに来る海賊だった。だが、これまでに見てきたどの海賊とも、彼らは違って見えた。それはたまたまだったのかもしれないが、アンスティスが恩師であるスミスと姿を重ねたのは、デイヴィスが初めてだった。

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