甦るは人生の軌跡
永い夢を見ている様だった。身体から力が抜け、体温が奪われていく。意識は朦朧として視界が霞む。覚束ない足取りのまま立ち尽くす男を支えるのは、その身体を貫く複数の刃物と、正面に立つ男の肩だけだった。
「デイヴィスによろしくな、船長・・・」
そう言うと男は、朦朧とする男の肩を押し退け、突き刺していた剣を引き抜いた。それと同時に、周りにいた者達も一斉に剣を引き抜いていく。支えを失った男は最早自分の足だけでは立っていられず、押し退けられた勢いでゆっくりと後方へ倒れていった。
倒れるまでの間、男は仇を目の前に必死の思いで腕を伸ばす。自身の船団のことや、仲間達のことすら顧みず突き進んだ果てに、このような結末が待っていようとは思っても見なかっただろう。
剣を持った男は、倒れゆく彼を見下すような鋭い目つきで見送る。床に倒れるのを確認すると男は、周りの部下に命令し、トドメを刺させる。倒れた男の身体を、次々に鉄の刃が貫いていく。
男の瞳から光が奪われる。失われた生気のないその目には、裏切り者の姿が映し出されていた。
俺はまた間違えたのだろうか。アンスティスはデイヴィスの無念を晴らしたかった。スミスの時と同じく、ただ純粋に誰かの為に行動した。だが結果は、自らの手を汚し、望みは叶えられず。
そして今回もまた、彼の望みは叶えられることはなく、その上スミスやデイヴィスによって助けられたその命を費やしてしまった。
どうすることが正解だったのか。どうすれば全てが上手くいったのか。彼にはその答えを導き出すことは出来なかったが、彼が下した決断は、その時の感情や思いに任せた本能によるものだった。
故に後悔はない。ああしてれば良かった、こうしてれば良かったは、後からついてくる結果でしかない。そしてその後悔は、暫くの間その者を縛り付ける。
しかし、アンスティスにはそれがなかった。それだけが唯一、彼自身が勝ち取った成果だと言えるのではないだろうか。
アンスティスの息の根を止めたことを確認し、ウォルターは部下に命令して、彼の遺体を何処かへと運ばせた。両腕を掴まれ、船内を引きずられて行く彼の遺体。そして外に出ると、甲板を船尾の方へと進み、船の淵に身体を乗せる。
最期は自らの手でと、ウォルターはアンスティスの胸元を掴み上げ、その魂の抜けた残骸に贈る言葉をかける。
「アンタには世話になったからな。アイツは地獄へ行ってもらうが、アンタにはせめて、共に時を過ごした海へ還してやる・・・。じゃぁな、アンスティス」
身に纏った衣類からゆっくりとウォルターの指が離れていく。一本また一本と、かけられた指が離れて行く度に、アンスティスの身体に重力がかかる。そして最後は一辺に離す。波立つ海の中へと、彼の身体が飛沫を上げて打ち付けられ沈んで行く。
ウォルターはアンスティスの死に後を引くことなく船内へ戻り、レイド戦に紛れ追手を振り切るように、船の速度を上げさせた。
二人を追っていたロバーツは、キングの船を裏切り者達の邪魔を振り切りつつ駆け抜けていったが、彼らが乗ったウォルターの船は、最早飛び移れない程遠くへと行ってしまっていた。
「クソッ!アンスティスの奴・・・。一人で背負い込みやがってッ・・・!無事でいてくれよ・・・」
彼を援護する様に後を追っていたダラーヒム。船首で去り行くウォルターの船を見つめる彼に襲い掛かろうとする者達を一気に弾き飛ばす。だが彼の船団はキングの護衛から離す訳にもいかず、ロバーツに二人を追う手段はなかった。
「おいッ!先ずはコイツらをどうにかしねぇと、追うにも追えなくなっちまうぞ!」
「・・・あぁ、デイヴィスには悪いが、俺はアイツを許す気なんてねぇからな。ケジメはキッチリつけさせてやるッ・・・!」
ロバーツは一旦、ウォルターの船を追うことを諦め、キングや計画の離反者であるロバーツらの首を狙う者達の排除に努める為、武器を握る。
デイヴィスが死に際に放った信号弾により、トゥーマーンの結界の外で待機していた友軍が、キングの船団へ向けて進軍を開始。ダラーヒムの計らいにより彼らからの攻撃は免れた。
しかし、それは同時に戦場から逃れようとするウォルターの船への攻撃を、遅らせてしまった。そもそもキングを狙っていたロバーツらは、様々な勢力からなる連合軍であった為、誰が裏切り者か把握できていない現状では、誰の船を狙えばいいのか分からなくなってしまっていたのだ。
ウォルター自身も、それを考慮して逃走を計画していた。海賊旗を下ろし、不意打ちで仕留めた船団の海賊旗を奪い入れ替えることで、見事大船団の中に紛れ込むことに成功した。
暫くして外からの友軍が近づくと、キングの船で暴れていた裏切り者達が矛を収め、一斉にアシュトンから支給された潜水艦で撤退を始める。その機に乗じ、ロバーツも自軍の船団へ戻ると、戦場から去ったウォルターを探しに向かう。
その道中、船長を探すアンスティス海賊団の船団と合流する。
「ロバーツ!うちんとこの船長を見なかったか!?あの人、こういった乱戦が苦手で・・・。きっと何処かで縮こまっちまってるんだと思うんだが・・・」
必死に探す彼らを見ていると、言葉が出てこなかった。真実を伝えることを、身体が拒否しているかのように口が動かなかった。だが、ウォルターを追うのに人手は必要だ。
他の仲間達に頼んでも、恐らく彼らはこれ以上協力することはないだろう。一度は解散し、それぞれの海賊団を立ち上げ、各々の人生を歩み出している。いつまでも過去の思い出に囚われてはいられない。
その点、彼らには船長の無念を晴らすという理由がある。利用するようで気は引けるが、ロバーツは彼らに事の顛末を話し、協力を仰いだ。初めは彼らも言葉を失い混乱していたが、仮の船長代行を立て、ロバーツの追従することを決めた。
彼らもウォルターをこのまま野放しにする気はないようだ。船長を殺され、何もしなければ海賊団のメンツも保たれない。そうなれば彼らも、もう海賊としてはやっていけなくなってしまう。
見せしめにしなければならないのだ。自分達に手を出せばどうなるかと言うことを。それに一役買ってでると言うのだ。彼らにとっても、ロバーツの申し出は有り難かった。
これにより、レイド戦やレースを離脱する海賊が何組か現れることになった。一つは、ウォルターと彼に与する者達の海賊団。そしてもう一つは、彼らを追うロバーツ海賊団と、船長を失ったアンスティス海賊団だ。
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