誠意の対価
診療所を後にしたデイヴィスは、最もスミス医師のことを不審に思っている町長達の籠る建物へと足を運ぶ。最初に訪れた時と同様に、入り口には見張りの者が立っている。
だが、デイヴィスはその人物の顔に心当たりがない。前回の男のようにすんなり話を通してくれれば良いが。そんな不安を抱えながらも、見張りの人物に事情を話すデイヴィス。
「病を治す薬だとッ!? ・・・町長に話をしてくる。少し待て」
そういうと見張りの男は扉を開けて、中にいた別の者に事情を話し、代わりに見張りに立ってもらうよう話をつける。扉が閉まる間際まで、デイヴィスは中の様子に目を配った。
すると、代わりに出てきた男が視線を遮るようにデイヴィスの前に立ち、視界を遮る。少し中を覗こうとしただけだと説明するも、見張りの男はムスッとした表情のまま口を開かなかった。
「ったく! これじゃぁ先が思いやられるな・・・」
無愛想な見張りの男と暫く待っていると、扉が開く音がした。薬を待つ者は他にもいるというのに、全く無駄な時間を過ごしたと、不機嫌そうに立ち上がり、扉の方へ向かうデイヴィス。
中から姿を現したのは、先程見張りをしていた男と、町長のハンク本人だった。早々に彼らは、デイヴィスの話に上がった病を治す薬を見せるよう言ってきた。
手を差し出すハンクに、デイヴィスはアンスティスから預かった薬を取り出し、渡そうとする。が、手に置くかと思われた寸前に彼の手は止まり、要求を拒むようにその手を引っ込めたのだった。
「・・・何のつもりだ?」
「これはスミスがアンタらの為に、命を危険に晒してまで研究し続けた賜物だ。それを忘れるな」
「お前には関係のないことだろ?それに、本当に治るかどうか確かめなければ・・・。ついて来い、渡したくないというのなら、お前が直接持ってこい。患者はこちらで用意しよう・・・」
手で合図をしながら建物の中へ案内されるデイヴィス。中に入る前に、見張りの男と目が合う。すると、先程の仕返しとばかりに、まるで虫を払うように男に下がれとジェスチャーをする。
町長であるハンクが直々にデイヴィスを通せと言ったのだ。この男に彼を拒む権利などなく、無言でその場を退いた。
建物に入ったデイヴィスは、ハンクの後ろをついていき、用意すると言っていた患者の元へ向かう。初めて訪れた時とは違う廊下を通されるデイヴィスは、内部の様子を物珍しそうにキョロキョロと見回しながら歩いている。
「薬はどの程度で治るのだ?」
「全ての者が完治する訳ではない。重傷者や症状が内臓に転移してしまった者は直せないらしい」
「なるほど・・・。だが町が壊滅するよりは遥かに良い。これから会わせる患者は、お前の言う感染して間もない軽度の患者だ」
いつの間にか到着した部屋の前でドアノブを握り、中にいるという患者の症状をざっくりと説明するハンク町長。しかし、デイヴィスには何を言われても自分の仲間と同じ症状でなければ、治るかどうかも分からない。
ましてや症状が何処に転移しているのかなど、わかる筈もない。彼らの信用を得るには先ず、患者の容態が回復するところを証明しなければ始まらない。
部屋に通されると、中には簡易的な寝床がいくつか設けられている広々としたスペースに、一目見ただけでは病に冒されているなど思いもしないような者が三人ほど見受けられる。
一様にドアの開く音に反応し、こちらを向いた彼らは、部屋を用意してくれた町長へ頭を下げる。容態を聞くなど軽い会話を済ませると、ハンクは患者達を集め、デイヴィスの持ってきた薬の話を始める。
意外と言っては何だが、ハンクは彼らがその薬の臨床実験体になることを説明した。効能についてデイヴィスは知っているが、まだ持ち込まれたばかりで、本当に効くのかどうかさえ分からない物を服用することになるのだと。
「この者が言うには、重症でなければ治るのだそうだ。比較的お前達は病の進行度がまだ浅い。一応この者の仲間が薬を使い、症状が回復したと言っているが、当てにはならん。実際に我々の目で確認するまではな・・・。故にお前達は被検体になる。それでもよければ先に薬を飲ませよう」
ハンクの言うことも最もな話だ。突然現れた余所者の、それも海賊という信用に値しない連中が持ってきた薬など、信じられる筈がない。デイヴィスもそれは分かっていた。
だからこそ、先ず最初にハンクの元へ持って来たのだ。彼なら住人を騙し服用させ、その結果を確かめるのではないかと思っていたからだ。故に、先程の話で彼らが実験体になると告げたことに、デイヴィスは驚いたのだ。
「構いません。元よりハンクさんを頼ったのは私自身だ。お役に立てるのなら、喜んで被検体にでも実験体にでもなりましょう」
「私も構わない。この病から解放される可能性が少しでもあるなら、直ぐに私に投与してくれ!」
「彼らの後でよければ私も・・・。スミスも、それにそこの彼もまだ信用できないのでな・・・」
三者ともそれぞれ意見を述べたが、どれも比較的好意的なものだった。デイヴィスが思っていたよりも、ハンクは町の者達に信頼されているようだ。疑問に思うとすれば、何故家族や親族でもない彼らをここで匿っているのかということだ。
「よし、では順番に薬を飲ませていく。自身で分かる範囲で構わない。症状が見られる箇所と、これまでと現状の容態を話せ」
薬の効能を確かめるため、他者から確認できるものと、患者自身が感じることの出来るものを聞き出し、それぞれアンスティスの薬を飲ませていく。即効性があるものではない為、効果が現れるまでハンク達はすぐ隣の部屋で待機することになった。
暫くすると、最初に効果の現れた者がノックをし、部屋へ入ってくと症状のあった箇所を見せてきた。そこには、先程見せられた時とは明らかに銀色の鉄化した部分が縮小したという結果があった。
アンスティスの薬は、感染して間もないデイヴィス海賊団のみならず、症状が軽ければ確かに効果があるものであることが証明された。
「驚いた・・・。まさか本当に治せるとは・・・。長らくこの病と戦ってきたように感じる。それも、漸く終わるのだな・・・。薬はまだあるのか?」
「心配するな、まだある」
デイヴィスはケースに入れられた薬をハンクに見せる。少なくとも、町長が匿っている人数を容易に超えるだけの数はある。それを見てホッとするハンク。病の対策に対する責任を背負っていた彼は、その背にのしかかる重荷が取れたかのように、ストンと肩を落として大きく息を吐いた。
「だが、どうして今になって薬が出来上がった?お前が何かを発見したからか?」
「いいや・・・。俺が見つけたのは、スミスが一人になろうとも研究を重ねていた努力の証だ。いや、今は一人ではないか・・・」
「そうか・・・。奴の・・・彼の行いに報いなければならんな。過去の出来事を無かったことにはできんが、今回スミスのした偉業を讃えられるべきものだ。いつまでもみっともない真似はしてられんだろう・・・」
これで少しは、彼らもスミスへの考え方を変えるだろうか。罪に対する裁きは、いずれ必ず何処かで受けることになる。だがそれは、その人間の誠意の見せ方や人間性で報われることもある。
彼はそもそも、罪に問われるような人間ではなかったのだ。町の人々を救いたいという気持ちに嘘偽りはなく、常に知識を正しく使おうと心がけていた。それ故に誤解を招くこともあったのかもしれないが、彼の想いは弟子を通じて叶えられることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます