知恵を得る責任
そこでデイヴィスは、海賊らしく彼の弱みに漬け込むことにした。彼が尊敬し、恩義を感じているスミスを使い、交渉へと乗り出す。
「このままお前の恩師であるスミスが死ねば、不名誉なままその一生を終えることになる。せめて、町を救った英雄として眠らせてやりたくはないか?」
「・・・どうする気だ・・・?」
このままスミスが病で死ねば、折角町を見捨てたという汚名を返上する為に戻って来たのに、何の成果も上げる事なく一生を終えてしまうことになる。それでは彼の心は報われない。
それならばせめて、彼のやり残した祈願を果たしてやることが、スミスへの恩返しになる。やり残した事を抱えたままでは、彼も死んでも死にきれないだろう。
「お前の持っている薬を、スミスが最期に作り出した薬ということにする」
だが、そんなことを考えなかったアンスティスではなかった。元より薬はスミスの為に作っていた物。自分の手柄にする気など毛頭になかったのだ。しかし、町の住人達に信頼のないスミスと共に暮らしているアンスティスもまた、町の住人達に信頼されていなかったのだ。
いくら彼が町の住人達に言って回ろうと、それを信じる者はいないだろう。
「・・・無理だ。誰もそんな事信用するはずがない・・。それにアイツらの許しを乞うなんて・・・」
「乞うんじゃぁない。知らしめるだけでいい。何もしなかった奴らに、ずっと一人で病と向き合い続けてきた男の存在を・・・。俺が町を回って病のことを調べていたのは、この町の奴ら自身が知っていることだ」
町に残るスミスへの懸念とは全く関係のないデイヴィス。それも、海賊を生業にする彼らが、わざわざスミスを庇うような無意味な証言をするのだろうかと住人達は思うはず。
これは単に、これまでこの町に訪れた海賊達が暴力や略奪を好む者達ばかりであったことが、功を奏している。海賊へのイメージが悪い。それがいいのだ。
「時間はかかるかも知れないが、何れ奴らは気がつくことになる。スミスがどれだけこの町の為に尽くしてくれていたのかをな」
「・・・・・」
デイヴィスの提案を聞いた彼は、暫くの間黙って考えていた。本当にこの海賊を信頼していいものかと。海賊に良いイメージを持っていないのは、アンスティスも同じだった。
だが、今までこんなに町の為に動いてくれる海賊に会ったことがない少年。判断材料は少なくとも、彼の脳裏に蘇るのはスミスの患者にあたる姿勢だった。
『知識をつけるということは、責任を持つことなんだ。それを正しく使えなければ、知識を残してくれた人達への冒涜になる。医療はまさにそれを直に感じるものだ。だから、責任を果たさなくちゃ・・・ね』
デイヴィスはアンスティスの薬を使って、仲間だけではなく町の住人達も救おうとしている。目的を見失い、責任を放棄しようとしている彼の代わりを果たそうとするその姿は、恩師の姿勢に似ているものがあった。
「・・・分かった。アンタを信じるよ」
ホッと胸を撫で下ろすデイヴィス。アンスティスの説得に成功した彼は、いよいよ病を治せるという薬の在処を少年に尋ねる。
「それで?薬は何処にあるんだ?」
「ここにある。ついて来て」
そう言うと少年は、スミスの眠るベッドを離れ、自身が寝室として使っている部屋へとデイヴィスを案内する。何もない殺風景な部屋に置かれたベッドの敷かれたマットレスの中に、手を入れるアンスティス。
引き抜いたその手に握られていたのは、錠剤を収納するケースだった。
「これしかないのか?」
「ここには・・・ね。先生の為に持っていたんだけど・・・。あぁいう人だから、大人しく診療所で静養いてくれなかった。何れこんなことになるんじゃないかとは思ってた・・・。それよりも先に薬を作らなきゃならなかったのに・・・」
スミスが安静にしていなかったのは、一人でも多くの住人を救おうとする、彼の理念からだった。それが例え自分の身を危険に晒す結果となったとしても。彼は責任以前に、償いの為にそうしていたのかも知れない。
「それじゃぁ先ず、俺の仲間達に飲ませてその効能を確かめさせて貰おう。治らねぇんじゃ元も子もないねぇからな」
二人は薬を持って、デイヴィスの仲間達のいる入院用の病室へ戻る。感染したばかりで症状が比較的軽い彼らは、アンスティスの薬を服用すると、数時間ほどで身体の表面に現れていた、皮膚が鉄のようになる症状が消えていった。
どうやら少年の作り出した薬は、本当に病を治す効果があるようだ。だが、初めにも話していた通り、薬での治療には限界があるようで、症状が内臓にまで達してしまっている者を完全に治すことは出来ないようだ。
仲間の治療をアンスティスに任せ、デイヴィスは早速薬を持って町へと繰り出していく。スミスの祈願と名誉を守り、少年との約束を果たす為に。
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