小さな来客

 デイヴィスは書物庫で見てきた情報を元に、彼女にその事を悟られぬよう幾つかの質問を用意していた。まず最初に気になっていたのは、この港町の者達は、書物に記されていた入り江の洞窟について知っているのかと言うことだ。


 もし知っている可能性があるとするならば、漁を生業とする彼らだろう。港を毎日のように訪れるであろう彼らなら、潮の満ち引きで入り江の水位が変わることを知っている事だろう。


 ただもしかしたら、書物に記載されている以上に洞窟が古くなっており、崩壊していることも考えられる。そもそもそんな洞窟は、今はないと言うことも視野に入れておかなければならない。


 「陸地に比べて、港は出入りが限られている。アンタ達しか知らないような場所があってもおかしくないと思うのだが・・・、どうだ?」


 「そうだな・・・。入り江の方は潮が引くと、普段入れない洞窟のような入り口が幾つかある。だが、昔からそこは、悍ましい儀式に使われていた場所だと言うことで、立ち入る事を禁じていたんだ・・・」


 予想していた通り、ダミアンは入り江の洞窟の存在を知っているようだ。それも幾つかあると言うことは、新たに掘られたか、自然に作られたものが増えているという、書物になかった状態になっていることが分かった。


 「誰もそこに入ったことがないのか?」


 「いいや?そんなことはない。行くなと言われれば行きたくなるのが人ってもんだろ?俺も一度、中を探索したことがある。親父や先祖の奴らが何を隠そうとしてんのか知りたくてな」


 「それで?」


 「最初はどんな財宝が眠ってるのかと期待したが、どこを探しても大した物は見つからなかった。だが奇妙な物はあった。こんな人気の無い洞窟なのに、昔誰かが住んでいたんじゃねぇかっていう、錆びてすっかり使い物にならねぇ日用品のような物が、何品か見つかった」


 住んでいたというのは初耳だった。書物に記されていたのは儀式に使われていたという記載のみで、そんな悍ましい儀式に日用品など使うのだろうか。それとも、儀式を行わなくなった後の世代の代物なのだろうか。


 「日用品・・・?他には何か見つけられなかったのか?」


 「んなこと言われてもなぁ・・・。強いて言えば、何人かの人骨は見つけたぜ?結構な数がまとまってるものもあれば、バラバラになっちまってる骨もあった。中は大分入り組んでたからなぁ。何も知らねぇ海賊や、宝に目の眩んだ外の連中が偶然洞窟を見つけて、そのまま満潮までに脱出できずに・・・ってパターンもあるかもな」


 洞窟が入り組んでいる事を知っていたダミアン。誰かから聞いただけなのかも知れないが、やはり彼女も中の様子を把握しているとみて間違いない。デイヴィスは書物庫で見つけた洞窟の地図を、案内人のギルバートに気づかれぬ内に模写していた。


 初めからそのような洞窟があるのなら、例え財宝がなかったと言われようと入ってみたくなるのが、海賊の性分。それに隠された場所があるのなら、そこには企みが付き物。


 この病が自然発生でないとするならば、そこで作られた可能性もある。まして、潮の満ち引きがあるのなら、海水に混ぜ、魚介類に忍ばせることで、それを食べる人間に盛るということも可能だ。


 「そこに新しい物はなかったのか?最近誰かが出入りしていたかのような痕跡は?」


 「さぁな。少なくとも俺が辿った道と、行き着いた広間にはそれらしき物はなかったぜ」


 「そうか・・・。他には?些細なことでも構わない。隠れられそうな場所や、気になる出来事は・・・?」


 洞窟のことは粗方分かった。後は自らの足て目で確かめに行くしかない。他に書物にないことはないか、確認するようにダミアンに尋ねるデイヴィス。しかし、彼女の口から出てくる言葉に、それ以上の有力な情報はなかった。


 彼らが話をしていると、外から誰かと話をする男の声が聞こえてくる。それに気づいた二人が会話を止めると、ダミアンは口の前に人差し指を持っていき、デイヴィスに動くなと目で合図を送る。


 そして音を立てぬようダミアンが声のする方の壁へと近づき、聞き耳を立てる。外から聞こえる会話の内容と声を聞き、ダミアンはその物達が誰であるか分かったのか、ホッとしたように立ち上がり、デイヴィスに男の声が漁師の仲間のものであると伝える。


 外も会話が落ち着くと、今度はログハウスの周りを歩き、入り口へ向かう足音が聞こえ始める。二つの足音が奏でる音は歩幅の違いがあり、一つはあまり聞かない間隔でログハウスに近づいてくる。


 暫くすると、戸を叩く音が聞こえる。


 「ダミアン、先生のところの小僧だ。薬を持って来てくれたようだ」


 「あぁ、中に入れ」


 扉が開き、姿を見せたのはダミアン達と同じく漁師の仲間の男と思われる者と、その後ろをついて来るように歩く少年の姿だった。それは診療所で会ったアンスティスという少年で、違和感を感じた足音は彼のものだったらしい。


 「そろそろ切らす頃だって先生が・・・」


 「ありがとよ、坊主。おい、いつものやつ持って来い!」


 ダミアンは中にいた漁師の男に指示を出す。経緯を見ていた男は気持ちのいい返事と共に、足早に何処かへと向かうと、何かが入った箱を持って再び戻ってくる。


 そして中身を開けて、アンスティスに確認させるダミアン。箱の中には、彼らが獲ってきたであろう新鮮な魚が詰まっていた。どうやら漁師達は、スミスに予防の薬を受け取る代わりに、食料を提供していたようだ。


 「いつも悪いな・・・。ところで、何で今日は正面から来なかったんだ?」


 「ちょっと別の用事があって・・・。疲れて休んでたんだよ」


 彼らのやり取りを聞いていたデイヴィスは、邪魔にならぬよう努めていたが、少年の足元に気が行ってしまい、それに気がついたアンスティスがデイヴィスの気になる事柄について説明し始める。


 「これが気になるの?暫く前に来た外の人が、先生に教えてくれた技術で作った靴で、“下駄“っていうものなんだって。それを改良して先生が俺の為に作ってくれたんだ。町の人達とすぐ打ち解けるようにって・・・」


 今のデイヴィスのように、スミスはアンスティスが町の人々に認知されるようにしてくれていたのだという。彼の変わった足音は、すぐにそれが誰であるかを告げるように教えてくれる。


 ダミアンがすぐにそれがアンスティスのものだと気づかなかったのは、彼が今履いている物が普段とは違う物だったからなのだそうだ。

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