偽りの名

 アンスティスとの交渉を終え、わざわざ足を運んでくれた少年をもてなす漁師達。スミスといたのでは、碌なものも口に出来ていないのだろう。豪華とまではいかないが、出された料理を貪るように両手で口へと運ぶ。


 「はははッ!いい食いっぷりだな!もてなした甲斐があるってもんだ」


 「そんなに飯にありつけていなかったのか?町唯一の診療所なんだろ?あまりよく思われていないとはいえ、必要不可欠な存在だ。そこまで粗末には扱えないんじゃないのか?」


 ダミアンはデイヴィスの話を聞くと、小さな溜め息をついた後に勢いよく手を回し彼の肩を力強く叩く。そしてこの港町の根深い事情を何も知らぬ彼に、如何に町の者達の恨みが深かったのかを解く。


 「余所者のお前には到底理解出来ないことだろうが、それだけここの者達にとっては深く重たい事柄だったんだ。特に町長やその周辺の奴らにとってはな・・・」


 「アンタ達は違うというのか?」


 「昔はそうだった。だが、俺がこの地に生を受けた時には、俺の周りは既にそのような思想を捨てていたよ。昔の理や因縁よりも、今を大事にしたんだ。俺も同じだよ。確かにスミスの決断のせいで大勢死んだ。しかし、いつまでも過去に囚われてなどいられないだろ?」


 町長達は先代の思想や理念を大切にし、救える力を持ちながら見殺しにしたスミスには、それ相応の罰が降る事を望んでいる。


 反対に漁師達は、過去ではなく現在に重点を置き、慣わしや理に縛られることなく、今を生きる者達の命や意見を尊重し、外の者達にも屈する事なく立ち向かって来た。


 スミスは、例えそれが町中から恨みを買うことになったとしても、自身にとって重要な決断をし、再びこの地へと帰ってくる事を選んだ。そのお陰でどんなことになったのか。それでも彼は、彼にしか出来ないことをやり続けて来た。


 最後の容疑者から話を聞き、これで漸く全ての者達の話を聞くことが出来た。デイヴィスが最後に気になっているのは、町長のところで見つけた書物庫に眠っている巻物に描かれた洞窟だ。


 スミスがこの洞窟の事を知っていたのかは分からない。だが、関係性があの関係性で町長サイドの者がそんなことを教えるとは思えない。漁師サイドも同じだろう。そこまで恨みを持っている訳ではないが、話す必要性もない。


 粗方の話を済ませると、ダミアンは切り上げづらいデイヴィスやアンスティスに代わり、ちょっとした食事会となった雰囲気を開きにした。


 「さて、お前の質問攻めもこんなところか?なら、そろそろお開きにしよう。長居するのも、お前達の為にはならんだろう」


 「そうだな・・・。最後に頼みがあるんだが・・・」


 「あぁ、分かってる。その時が来たら案内しよう。アンスティス、お前もそろそろ先生の元へ帰れ。料理なら持っていけるだけ持ってって構わんから・・・」


 口いっぱいに料理を頬張りながら、アンスティスは頷く。漁師の男が料理を入れ物にまとめ、薬と引き換えに渡した荷物と一緒に少年に渡すと、診療所へ帰るよう促す。漁師の男と一緒に、アンスティスはログハウスを出て行くとスミスの元へ戻っていった。


 「準備が出来次第、入り江へ向かおう」


 「ん?引き潮の時にしか入れないんじゃないのか?」


 「あぁそうだ。お前は運がいいぞ、デイヴィス。今日が丁度その引き潮の日だ。あまり時間はない。支度を済ませたらすぐに行くぞ」


 洞窟へ向かう前に、ちょっとした支度を始めるダミアンだったが、デイヴィスは彼女の案内を断る。これは彼なりの思いやりだった。漁師長である彼女が、直接案内してくれるのはありがたい事だが、このような状況下の中でリーダーが不在では、不足の事態に対応できず、困ることも出て来るだろう。


 「洞窟のことはアンタしか知らないのか?もし他にいるなら、その者に任せよう。アンタが病にでもかかったりしたら、ここの者達に一生恨まれそうだ」


 「はははッ!そんなことにはならないし、コイツらも恨んだりしないさ!分った。お前の提案に乗らせてもらうことにしよう。俺も他にやらなきゃいけないことができたしな・・・。おい!ハーマン!」


 ダミアンが男の名を呼ぶと、側にいた男が漁に使う道具の修繕だろうか、その手を止めてこちらへやってくる。


 「ハーマン・フロストだ。皆信頼しているが、俺と特に付き合いの長い奴だ。俺と同じくらい信頼してもらって構わない」


 誠実そうな顔をしていながら、その身体つきは海賊のように屈強な筋肉のつき方をしている。この港町の漁師達は、町長サイドの意向とは違い、奪われるだけや交渉といった手段に出ることなく、略奪者には力で立ち向かう逞しい者達だ。


 だが、それがたまに災いし、死者や要らぬ恨みを買うことになってしまう。そう言った考えの違いから、町長サイドとの関係が悪化していったのだ。しかし、彼らの逞しい生き方を支持する住人達もいる。


 「ハーマンだ。漁師の仕事をしながら、ダミアンの側近をしている。洞窟へは彼と一緒に入ったことがある。当時とはまた少し変わってしまっているかもしれないが、案内は任せてくれ」


 握手を求め、手を差し伸べてきた彼にデイヴィスも名乗りながらその手を取る。


 「血の気の多い奴でな。漁をしている時よりも、海賊達を嬲り殺しにsしてる時の方が生き生きしてる」


 「おいおい、初対面の人間に対してなんて事を言うんだ。それにアンタ程じゃないさ」


 仲間とのやり取りで豪快に笑うダミアン。デイヴィスは既に準備が出来ていた。案内をハーマンに任せ、ダミアンはアンスティスが持って来た薬を幾つか飲むと、再び外へと出ていった。


 「俺達も行こう。潮が引いている時間はそれ程長くない。もしアンタの用事が長くなるのであれば、急いだ方がいい」


 「なら急ぐとしよう。どれだけ時間がかかるか分からんのでな」


 二人はログハウスを出て、町の港を進み、奥の方にある入り江へと向かう。ダミアンに直接案内を頼まなかったのには、他にも理由があった。デイヴィスはまだ、ダミアンという人物を完全に信頼していた訳ではなかった。


 町長の時のように、本人よりも周りの者の方が周りをよく見ているものだ。それに、何か事情がありそうだったので直接は聞かなかったが、何故漁師長の彼女が“ダミアン“という名を使っているのか。そこにも、この町の慣わしがあるのだろうか。


 「どう見てもダミアンは“女“だった。何故彼女は男の名を名乗っているんだ?」


 道中、漁師長の名前について話を切り出したデイヴィスに、驚きの表情を見せるハーマン。彼もあの場にいて、デイヴィスが名前に拘らないと話しているのを聞いていた。だが、それがあの場を上手く切り抜けるための策だったのだとしり、デイヴィスへのイメージがハーマンの中で変わった。


 「あの場追及しなかったのは賢明な判断だ。彼は・・・彼女は“女扱い“されることを極度に嫌っている。その容姿と名の違いを指摘していたら、ここまで友好名関係は築けなかっただろうな。アンタを少し見くびっていたようだ」


 海賊をやっている以上、碌な人物に見られないのは慣れていたデイヴィス。初めから賢明な人物像など期待っしていなかったが、考えを改めてくれたことに、素直に感謝を表すデイヴィス。


 「漁師長は代々、その名前を継いできた。だが、あくまでそれは“フィッシャー“の名であって“ダミアン“ではない。彼女が名乗っているダミアンという名は、彼女の亡き父の名だ」


 デイヴィスの推測通り、ダミアンは偽名であった。些細なことで、この病とは何の関係もないことかもしれないが、彼女はデイヴィスに隠し事をしていたのだ。


 ここの者達は、少なからず何かしらの隠し事を持っているようだ。それが他の者達や住人達を守るための嘘なのか、それとも自身の疾しい事を隠そうとしてついているものなのか見極める必要がある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る