最後の容疑者

 デイヴィスを秘密の書物庫へ案内していたのは、町長であるハンクの息子である、“ギルバート・ヒルトン“その人だった。海賊を町の重要箇所に案内していたのが、町の次期権力者になるやも知れぬ者だとは、それでこの町は大丈夫なのだろうか。


 「町長の息子だったとは恐れ入った。よく海賊なんぞをこんな場所に案内したな」


 「人を導くには先見の明が必要です。今この町に起きている未曾有の危機を解決する為には、貴方の力が必要だと判断したまでのことです」


 頼りなさそうに見えたが、ギルバートは彼なりに町の将来を考えて行動していた。例え父であるハンクの意思に背いていることであっても、それを実行する意思と行動力が彼にはある。


 「それに貴方は、私が今まで見てきた海賊とは違うようだ」


 「買い被り過ぎだ。仲間の命が関わっているからに過ぎねぇ。本来、ここには飯や酒を貰いに来ただけだったんだが・・・。飛んだトラブルに巻き込まれたもんだ」


 「ははは、それは災難でしたね。ですが少なくとも、私は貴方に会えてよかったです。外の者は誰もこの町に近づこうとはしなかった・・・。助けが来ない絶望の中に迷い込んだ貴方達は、町を危機から好転させるチャンスを運んできてくれたのだから・・・」


 彼らの住む港町は、ハンクが近隣諸国へ送った書簡によって病の存在が明るみに出てしまい、誰も助けを送ろうとはしなかった。そして漁船や他の海賊達も近づこうとしなかったということは、もう一人の権力者である漁師長であるダミアンが何かに関わっているに違いない。


 「さて、俺はもう一人の有権者とやらに会いに行くとするか。助かったぞギルバート。ハンクは少しお堅い人物のようだ。町長サイドと話をつける時は、アンタに話すとしよう」


 「信用して頂けたようで大変恐縮なのですが、私は父やその従者達に、あまり良い後継者だと思われていないようでして・・・。力になれるのには限りがあります」


 彼が自己紹介していた時に匂わせていた後継者候補。ギルバートはハンクの“息子の一人“であり、他にも後継者候補は存在しているようだ。そして、ハンクの意思と合致しないギルバートは、後継者としての立場が最も低く、疑いの目を向けられているのだという。


 「それに、漁師達をまとめている“ダミアン・フィッシャー“という人物は、とても気性の荒い人物です。恐らく海賊である貴方に突っかかってくることでしょう・・・。どうかお気をつけて」


 「アンタもな。この事は他言無用にして、大人しくしておくんだ」


 「心得ておりますとも」


 二人は固い握手を交わし、ギルバートは書物庫の片付けをする為に残り、デイヴィスは漁師長であるダミアンに話を聞くべく、港へと向かう。


 帰りの道中はギルバートの立場を気遣い、慎重に戻るデイヴィス。明かりは点けずに、来た時の感覚と手の感触を頼りに、音を立てないよう静かに戻る。


 漸く明るいところにまで戻って来たデイヴィスは、何事もなかったかのように町長達の立て籠る建物を後にする。入り口では最初に案内した従者の男がおり、デイヴィスが確かに建物を去っていくのを確認した。


 書物庫で見た書類の中に、この町では町長の他に漁師達をまとめる者がいる。漁業を主な取引として扱ってきたこともあり、漁師の長にはそれなりの権力が与えられていたようだ。


 昔は町長の家族や親族が漁師長に就くこともあったようだが、昨今では別の血族の者が就くというのが主流になっている。それもその筈。町長サイドの血族が漁師長になれば、町の実験は彼らに握られてしまい、漁師達は自由に動くことも出来なかった。


 ダミアンの居場所を聞きそびれてしまったデイヴィスだったが、港の方を見れば漁師達が集まりそうな場所は一目瞭然だった。幾つかある漁師小屋の中に、、ひと気は目立つ大きなログハウスがある。


 そこに彼が居ると見て間違いないだろう。しかし、やはり奇妙なのは建物の外に人気が無いということだ。町に辿り着いた時には不気味に感じる光景であったが、今ではむしろ、外に人が出歩いている方が珍しい。


 港に辿り着くと、閑散とした光景と波に揺れる船が、まるで無人の島にやって来たのかと錯覚させる。町長サイドの時と同じように、漁師達も一つの建物に集まっているのだろうか。


 他のものには目もくれず、早速ログハウスへやって来たデイヴィスがその戸を叩こうとしたその時、何かの気配が彼を襲った。


 「ッ・・・!?」


 突如屋根の上から何者かが飛び降り、デイヴィスの首を狙って刃物を振り下ろしたのだ。咄嗟の出来事に油断していたデイヴィスは、辛うじて振り下ろされた刃を躱し、横へと転がる。


 この町に来て以来、病に身体のどこかしらを蝕まれ、まともに動き回れるような人間に遭遇してこなかったことから、まさかここまでアグレッシブに襲ってくる者が居るとは全く想像もしていなかったデイヴィス。


 しかし、彼が転げると同時に、飛び降りてきた者も着地に失敗したのか、大きな物音を立てながらその場を動こうとしなかった。


 「何者だッ!?」


 「それはッ・・・こっちのセリフだ!港にあった船の者か?」


 港に停めていた海賊船を制圧されてしまったのかと、慌てて自分達の船を探すデイヴィス。だが彼らの海賊船は、別段変わったところもなくその場に停泊していた。


 安全を確保できたことに安堵した彼は、飛び降りて来た何者かの姿を捉える。するとその腕は、この町の病に犯され錆び付いており、苦しそうにその腕を強引に動かそうとしていた。


 「アンタ、この町の漁師か?安心しろ、襲いに来たわけじゃない。俺の仲間がアンタらと同じ病にかかって苦しんでる。どうにかして原因と治療法を探りたい」


 「治療だって・・・?できるものかよ。この町は見捨てられたんだ。誰も助けに来ないし、治療法もない・・・。このまま延命する他、残された道はない」


 「その割には、町の連中みたいに諦めて自暴自棄になっていないんだな・・・」


 「・・・・・」


 男のいうように、病の治療法もなく助け舟も来ないとなれば、町の住人のように無抵抗にただ死を求めるだけの、生きた屍となっていても不思議ではない。


 しかし、この男は得体の知れぬデイヴィスに攻撃を仕掛けてくるという行動を起こした。こんなに苦しい思いをしてまで動こうとするのには、きっと恐らくそれなりの理由があるのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る