ベールを被った案内人

 しかし、デイヴィイス達がこの港町にやって来た時には、そのような入り江など見当たらなかった。そのため、きちんと船が停泊できるように整備されていた漁港に停めたのだ。


 「俺達がここへ来た時には、このような入り江などなかったが・・・?」


 デイヴィスの疑問に案内人の男は、彼の拡げる書類を覗き込むようにして確認すると、鼻から息を抜き口角を上げてデイヴィスの疑問に答える。


 「それはそうですよ。これは相当前の地図です。今はもうこのような入り江は存在しません。ですが、完全に消滅した訳でもありません。そこに記されている洞窟は、その後の時代でも有用だったようですね。ほら、こちらに・・・」


 男は巻物が収納された棚から、迷う事なく一つの巻物に手を伸ばしデイヴィスのいつ机まで戻ってくると、広げられている入江の地図の描かれた書類の上に、勢いよく羊皮紙を広げ、何かをデイヴィスに見せた。


 「この時代では先ほどの洞窟を利用し、外部からの侵攻に対する脱出路と、奇襲用の抜け道として使っていたそうです。つまり、あの洞窟は今もこの町の何処かと通じているんです!」


 目を輝かせて熱弁する案内人の男。それはまるで、憧れを口にする無垢な少年のように真っ直ぐで純粋な者だった。だが、男の言うように洞窟への通路が今も健在であるのなら、色々なことに利用できそうだとデイヴィスは思った。


 「随分と楽しそうに話すんだな・・・」


 「これはッ・・・!申し訳ありません、つい夢中になってしまって。私の悪い癖で・・・。だから心配されているんです。余計なことまで話してしまうのではないかと。例えばここのこととか、口を滑らせ兼ねないと、従者の仕事もあまりさせてもらえないんです」


 何か夢中になれることがあると言うのは、決して悪いことではない。だが、それが災いすることもある。例え酒に酔っていなくとも、人は夢や理想、幻想に酔いしれ本来自分のあるべき姿を露呈する時がある。


 盲信する何かの為に一途になった人間の姿こそ、本来その人物が望んでいる在るべき姿なのかも知れない。今、案内人の男が見せてこの姿こそ、本来この男が望んだやりたいことだったのだろう。例えば、港町の観光案内人など、そういったところだろうか。


 「なるほど。他にもこういった隠された場所や抜け道というのは存在するか?」


 「ええ、勿論! ・・・あぁ、また出てしまった。悪戯な口めッ!書類はまだ他にもたくさんあります。もしお望みであれば、知りたいことを仰って頂ければ、それに沿った内容の物を私が厳選致しますが・・・」


 「それは助かる。とてもではないが、全てに目を通している時間などないからな。俺にも・・・この町にも・・・」


 ここへ来た目的を忘れぬため、言葉に強い思いを乗せて口にするデイヴィス。それを戒めと言わんばかりに、その身に浴びるようにして浸透させる案内人の男。長話は抜きにして、要点と必要事項だけをまとめ、必要とあらばそれが記された書類を提示する。


 デイヴィスが町長の隠された書物庫で集めた情報は、町からどこかに通じる隠し通路の情報と、過去に行われていた呪術や祈祷などといった、風習や儀式による効果や道具、そしてその場所だった。


 幾つか通路や、今は使われていない場所などを知ることが出来たが、その殆どはそれを運用するに当たって浮き彫りになった問題点によって封鎖や放置、穴埋めなどの処置が施されているものばかりだった。


 実用性のあるものといえば、先ほどの入り江もそうだが、割りかし近しい年代のもので、満潮や引き潮を利用したものだろうか。それだけに的を絞れば、余所者のデイヴィスにも覚えられそうだ。


 「古の場所や通路はこんなところでしょうか。こうして再度目にしてみると、殆ど機能しているものはありませんね・・・。もしかしたまだ生きているものもあるかもしれませんが」


 「十分だ。最後に、これを知っている人物或いは、知っているであろう人物について聞かせてくれ。アンタやハンク町長以外でだ」


 デイヴィスの質問に、案内人の男はあまり迷うことなく答える。そもそもこの隠された書物庫を知る人物は、町長とその家族、そして親族の者に限られるようだ。


 そして、過去に使われていた隠された通路や場所について知っている人物など、存在しないということ。どういう事か尋ねると、町長や家族、そして親族の者が関与した通路や場所は、その世代の町長が亡くなる前に埋められているからだと言った。


 「それを聞いて安心したよ。大勢いるんじゃ容疑者を絞り込めなくなっちまうからな」


 「容疑者・・・?この病は何者かによる陰謀だとでも!?」


 「あくまで可能性の話だ。それに町の者達は誰かのせいにしたがっている。起こり得る事には必ず原因がある。突然発生するように感じるものもあるが、環境の変化や新たなものが混じる事によって発生するのが、そもそもの原因だ。この病にも何か原因がある筈だ」


 今回のような特殊なケースの病は、風邪のように突然なるものでもないと、デイヴィスは踏んでいた。何者かが人知れず仕掛けた陰謀なのではないかと。そしてその容疑者として最も有力なのが、診療所で医者をしているスミス。


 そして町の有権者である町長のハンクと、その家族と親族。最後に、デイヴィスがまだ訪ねていない、この港町の漁師達をまとめている漁師長で、ハンク町長がダミアンと呼んでいた人物。


 この三人を中心に、病とこの町の行く末が決まると言っても過言ではない。


 「それと・・・。アンタ、町長の従者なんかじゃないだろ?ここまでして正体がバレないとでも思ってたか?アンタはハンクの何だ?」


 案内人の男は目を丸くして海賊の男を、その瞳に捉える。やはりこの男は察しがいい。これまでのやり取りでそう感じた案内人の男は、観念したかのように小さな溜め息を吐くと、口角を上げて嬉しそうに語る。


 「そうですね、自己紹介が遅れてしまいました。私はギルバート・ヒルトン。父である町長ハンクの息子の一人です」

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