政府からのスカウト

 荒れた天候と異常に波立つ海域で、巨大な怪物と対峙する船団の数々。風に煽られたなびくは、海を我が物顔で闊歩する自由を求め、欲に従順な平穏とは程遠い髑髏の旗。


 その中で、各国の政府に従いある程度の自由の中で身の安全を保障された、鳥籠の中の偽りの自由を掲げる海賊達がいた。必要な時に召集がかけられ指示に従う代わりに、ある程度の悪事は目を瞑るという条件の元で、監視下に置かれる者達。


 今回彼等が招集されたのは、各国でも手の出しずらい案件でありながら、放って置くわけにもいかない難しい組織を相手にしたものだった。何処から聞き付けた情報か、彼等には知る由もなかったが、とある海賊の一味がその大きくなり過ぎた組織のボスを暗殺しようと企てている事を知る。


 機に乗じ組織の鎮静化、或いは規模の縮小を図ろうとするが、組織の者の恨みを買い国民を危険に晒す訳にはいかない政府は、海賊同士の闘争といった形で済ませようと、破格の報酬と彼等を縛る条例の一部解除を条件に海賊達を集め、グラン・ヴァーグで行われるレースへと駆り立てたのだ。


 「おぉ〜・・・いるいる。ロバーツ海賊団にフィリップス海賊団の船団が、キングの船に近づいて行ってるのが良く分かるぜ」


 「まだ主役が来てねぇようだな・・・。あんなに近づいて気付かれねぇだろうな?まぁ始まっちまったら、こっちもおっ始めるまでだがな!」


 後方よりやって来た政府に遣わされた海賊達。ある程度の情報は聞かされており、デイヴィスやロバーツ等の戦いの合図を機に、一斉にキングの船を襲撃する手筈となっている。


 彼等の動向を窺いながらレイド戦を流す政府の海賊達。そんな彼等もまた、キングの一味やエイヴリーの一味、それにこの場に集まった名だたる海賊達に引けを取らない粒揃いの猛者達だった。


 中でも少し変わった事情を持っているのが、“ジョン・フィルモア“と“エドワード・チーズマン“という男達だった。彼等は幼き頃に、故郷を海賊に襲われ全てを奪われた。


 その後、人生を立て直そうと必死に生きようとした彼等を、海賊というものが執拗に邪魔していったのだ。積み上げて来たもの壊され、強奪され、何度死んだ方がマシだと思った事か分からない。


 同郷だった彼等は、敢えてこの世で一番恨んでいる海賊というものになり、同じ海賊のみ襲いその財宝を奪っていく、海賊を狩る海賊となっていった。


 そんな彼等の活躍が、ある国の目に留まり、国や大陸間での貿易や海洋産業を荒らして回る海賊達を始末してくれるのであれば、助成金や必要な物資を分け与えてもいいと言われ、後ろ楯の無かったフィルモアとチーズマンはこれを承諾。


 彼等に裏で助成していた国は、その手を汚す事なく邪魔者を排除でき、彼等も食や物資で困ることはないという、双方理に適った関係を築き上げることとなった。


 彼等のように、海賊でありながら従来の海賊の在り方に沿わない者達は、他にも多くいる。少し際立ったところでは、“エドワード・ロー“という人物の名前が上がる。


 幼少の頃より孤児だったローは、スリや窃盗などに手を染め、賊まがいな事をしながら故郷では名の知れた悪童となる。子供の悪戯では済まない彼の行いに、周りの環境は次第に彼を追い詰めていく。


 息苦しくなった彼は故郷を離れ、海賊達の船に乗り込み、一味に紛れ込みながら別の大陸へ渡ると、煙に巻くように姿を眩まし、そこで第二の人生を送る。


 行き着いた大陸の街で出会ったエリザ・マーブルという女性と恋に落ち、結婚。それまでの人生が嘘のように、ローとエリザは幸せな時を過ごしたが、彼の不幸は最初に生まれた子供の死と共に、立て続けにやって来ることとなる。


 生まれたばかりの息子を流行病で亡くし、次の子供である娘のエリザベスが生まれた際に、最愛の妻エリザを亡くしてしまう。人生に失望した彼は、酒やギャンブルに手を染めていく中で、海賊の恨みを買ってしまい、エリザが残した最愛の娘を誘拐されてしまう。


 ローは海賊の仕業としか思わなかった。周囲のことに対し盲目になってしまった彼は、港にやって来ていた無関係の海賊船を強奪し、街から姿を消した海賊を追って、海で出会う海賊達を片っ端から襲撃する海賊狩りとなる。


 その手を憎き海賊の色に染め上げ、自らも海賊になったローは、その中で海賊界隈の非道さや残酷さを目の当たりにしていくことになる。女子供であろうと容赦なく斬り殺し、金の為に人の命を利用し売り捌く海賊達を見ていく中で、例えこの身を憎き海賊に染めようと、その信念までは染まらせない。


 強い決意にも似た思いを胸に、海賊エドワード・ローは、女性や子供を安全に港へ帰すという変わった海賊へとしていった。一人の女性を愛し、一時とはいえ子供を授かり、家庭を築いた彼だからこそ、そのような信念を掲げる海賊となったのだろう。


 一部では彼を英雄視する声も上がったが、ローはそれを快くは思わず、噂となれば直ぐに街を出ていってしまった。それは彼の心にある最愛の妻と子供達の死が原因となっている。


 この世で何よりも大切であったものと気付かず、それを守りきれなかった自身の不運と未熟さに嫌悪感を覚えていた。海賊に囚われていた女子供を助け、泣きながら感謝されたり、送り届けた港で笑顔で御礼を言われようと、ローの表情が晴れることは無かった。


 心の奥底で彼は、助けて来たその命に罰して欲しかったのかもしれない。


 そして、フィルモアやチーズマンと同じく、そんなローの活躍を政府が見過ごす筈はなく、彼の国や街での身の安全と必要なものを分け与える条件を元に、海賊エドワード・ローは政府に飼われる海賊となって、極悪非道な海賊達を狩李続けた。


 彼等のように、国や政府からスカウトのような形で協力関係を結んだ海賊もいれば、政府の助成を利用し、目の届かぬところで自由気ままに悪事を働くもの達もいた。

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