荒野に咲く夢幻の花

 思いもよらぬ大物の名前に声が漏れそうになるシンを差し置き、一緒に話を聞いていたデイヴィスの方が先に声を上げた。誰よりもロバーツを信頼し、そして信頼されていたデイヴィスだからこそ、シンプソンの口からその名を聞いた彼は嬉しい反面、複雑な思いを抱いていた。


 「ロバーツがッ!?そうか・・・アイツが皆に声を・・・。また世話を焼かせちまったか・・・」


 「何を言ってんだ。お前が声をかけりゃぁ動かねぇ奴じゃねぇだろ。誰よりもアイツが、アンタからの声を待ってたんじゃぁねぇのか?」


 彼自身、声を上げればいの一番に動いてくれるのではないかと、心の何処かで期待していた人物でもあるロバーツ。だがそれ以上に、親友であるからこそ危険な目に合わせたくないという思いが一番強い人物でもあった。


 故にデイヴィスが様々な方面に声をかける中で、ロバーツへと行きつかなかったことが気がかりであり、少しホッとしていたのも事実だった。シンプソンが話してくれるまで、その事実を知らぬまま戦地へと赴くところだったデイヴィスは、喉に引っかかっていた小骨が取れたように、気掛かりだった事が一つ解消された。


 「ロバーツの奴も、フィリップス達と一緒に既に先に向かってる筈だ。俺達も折角のパーティーに遅れねぇようにしねぇとな!」


 「あぁ、その為にも先ずは、待たせちまってる奴らを迎えに行かねぇとな!」


 力強い友軍の協力を聞き、更に勢いづくデイヴィスとシンプソン海賊団。まるで昔の旧友に会い、再び当時のように連む地元仲間を連想とさせる。それを少し距離を置いて微笑ましく眺めるシン。


 自分にももう少し勇気があれば、彼らのような関係を築ける友人が出来たのだろうか。何処でシンの人生は、道を外れてしまったのだろう。デイヴィス達を羨む一方で、現実での過去を思い出し気持ちが沈んでしまうシン。


 そんなシンの様子を見たデイヴィスが彼の肩を叩き、今は目の前の目的を一つずつ片付けて行こうと元気付けてくれた。同じようなクラスに就いていても、彼はシンとは対照的に落ち込むような性格ではないのだろう。


 妹の行方を知った時も、彼は考えるよりも先に動いていた。周りが全て敵のように見えていても、誰か一人でも自分の声を聞いてくれないかと行動に移さなかったのが、シンの失敗だったのだろうか。


 一行は先にシン達の乗って来た船の方へ行くと、シンプソン海賊団の船が停めてある場所へ合流する為、船長のシンプソン自ら彼らの船に乗り込み、部下達を先に船へと向かわせる。


 ミア達と合流した一行は、計画の協力者であり元デイヴィス海賊団の一員だったシンプソンを紹介し、彼の指示に従い船を島の外側を回るように進め、彼の海賊船のある場所へと向かう。


 その途中、ツバキのことをシンプソンに紹介すると、彼があの有名な造船技師であるウィリアム・ダンピアの弟子であることを知り、彼についてあれこれと質問を始めた。自身の腕前を差し置き、ウィリアムの話をさせられるのが気に食わなかったのか、ツバキは鬱陶しそうに適当な話でシンプソンの相手をさせられていた。


 船がある程度進むと、外の方が賑やかになってくる。窓から様子を伺うと、どうやらシンプソンの船団に合流出来たようで、甲板にシンプソンの姿が見えぬと、部下達が彼の名を叫んでいたのだった。


 一旦、自分の船に戻る為、一向に一時‬の別れを告げると、計画実行の戦地に着くまではシン達の船について行くと言い残し、船を移動した。


 シン達は、デイヴィスの仲間が待つ次なる島へと船を進める。ツバキは依然、船の改造改築へと尽力し、島でシン達を待っている間ツクヨに拾って来させた資材を使い、工具を振るう。漸く追い払ったシンプソンに代わり、今度はデイヴィスが作業中のツバキにウィリアムの話を始めていた。


 うんざりするツバキの様子を尻目に、シンは外で周囲の警戒と見張りを担当しているミアの元へと足を運ぶ。すっかり船の操縦に慣れたツクヨは、大きく船を揺らすこともなく、デイヴィスの示した航路を順調に進める。


 警戒に当たっている筈のミアは、潮風に当たり役割を放置して気持ち良さそうに、甲板で風景を楽しんでいるようだった。近づくシンの足音に気づいたのか、一度こちらを振り向いたミアだったが、何もいうことなく再び風景へと視線を戻した。


 「見張りは?何か変なものはなかった?」


 「見ての通りだよ、何もない。今が雌雄を決するレースであるのが嘘のようにね・・・」


 波を乗り越えるたびに心地よく揺れる船と気持ちの良い潮風が、時間の流れを忘れさせるようにのんびりとした旅を演出する。周囲には警戒するようなものは何も見当たらない。先程までの船旅と違うのは、後ろにシンプソン海賊団の船がついて来ていることだけだ。


 ミアの言う通り、レースが始まってから乗り越えて来た危険の数々が、まるで夢幻だったのかと疑うほどの穏やかな光景。こんな時でもないと、ゆっくり話もできない。シンは島で感じていた自身の胸中を彼女に話した。


 こちらの世界に来れるようになってから、彼らは現実世界での自分の話というものをしていなかった。否、していなかったのではなく、シンもミアも何処かその話題を避けていた。何故かと問われれば、明確な答えはない。


 だが、もしかしたら恐れていたのかも入れない。現実の世界で彼らが苦しめられたのは、他でも“人間の本性“そのものだったからだ。落ちぶれた自分の身の上話などしたら、今の関係が崩れてしまうのではないか。自分の元から離れていってしまうような気がして話せなかったのかもしれない。


 「ミア・・・。キミには何年経とうとも、身を案じてくれる友人は・・・いたか?」


 無言でシンの表情を窺うミア。何故そんな事を聞くのか。聞いてどうするのか。島で何があったのか。彼女のことだ、この少しの間でいろんなことに考えを巡らせていたに違いない。しかし、彼女の口から帰って来たのは素っ気ないものだった。


 「何故そんな事を・・・?」


 「・・・デイヴィスには不本意な形で別れた者達でも、彼の身を案じて待ってくれる仲間がいた・・・。危険な目に合うと分かっていながら、協力してくれる仲間が・・・。そういう物語に憧れていたのかもしれない・・・。俺にもそんな・・・」


 シンはそれ以上言葉にはしなかったが、ミアにはその先の言葉が手にとるように分かった。そして彼の最初の質問に、彼女は正直に答えた。


 「・・・いないよ、そんな人・・・。だから人は夢を見て、妄想して、綺麗な事に憧れるんだろ。嫌な事、汚いものを見ないようにして・・・。そうやって生きて行くしかないんだよきっと・・・。この世界は、そんな人達の夢が形になった世界なんだ。・・・だから・・・私達にも出来るかも知れないな・・・」


 落ちた気持ちを察し、励ましてくれたのだろうか。想像もしていなかった言葉の数々が彼女の口から語られる。詳しくは話さなかったが、彼女も現実の世界で何かがあったのだろう。その言葉は、そんな重みのある空っぽじゃない音としてシンの胸に伝わって来た。

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