相見える死と炎

 本隊の船には甲板に船員達が隊列を組んで並び立っている。その手に握られた弓から、ミア達を救った火の鳥は彼らの仕業であったことが窺える。チン・シーに変わりシュユーが隊の指揮を取り、共に弓を握っている。


 前線部隊と本隊の間には、まだ距離が空いている。リンクの能力でシュユーの力を共有した船員達が後ろに下がり、代わりに同じく火の着いた弓矢を手にした別の船員達が前に出る。そして一斉に弓を構えると、指揮していたシュユーの合図で火矢を放つ。


 放たれた火矢は同時に飛んで行くのではなく、僅かに時間差を設けながら放たれる。それはまるで、鳥の姿を象るように。一番初めに放ったシュユーの火矢を中心に、左右対照に隊列を組んだ炎を纏った矢は、ミア達の船の手前で火の鳥の姿に変わり、頭上を羽ばたいてロロネーの海賊船を狙う。


 「厄介な力だぜぇ・・・。おい!俺が奴らの目を眩ませるまで、あの暑苦しいモンをこっちによこすなよ?」


 ロロネーの言葉に無言で動き出すハオランは、ボードをその手に海へと降りる。海の上を走らせ、向かって来る火の鳥の射線上に入ると、下から突き抜けるような衝撃波でシュユー達の放つ鳥を打ち落とした。


 そのままハオランはボードに乗り、チン・シーの前線部隊に単独で乗り込み、同じ時を過ごした仲間を襲い始めた。一方シュユー達は、再び弓矢を放った部隊を交代させ、直ぐ様次の攻撃を再開する。


 絶えず放たれる火の鳥だったが、遠距離で高出力の衝撃波を有するハオランに阻まれ、ロロネーの元まで行き着くことはない。彼はどこに居ようと、その目立つ標的を決して逃さない。


 例え濃霧の中と言えど、その燃え上がる紅蓮の炎の光は、後方の部隊にもその姿が確認できるほど目立っていた。確かに大砲や銃、ちょっとやそっとの魔法では彼らの火の鳥を止めることは出来ないだろう。だが通用しない作戦を続ける理由が、ミアには分からなかった。


 無論、彼女だけではない。他の前線部隊の者達も、或いはチン・シー以外の船員にも、もしかしたらその目的は分からないのかもしれない。それでもこれが彼女の策であるのならば、何か他に考えがある筈。


 「ダメだ・・・ロロネーの海賊船まで届かない。それでも同じ手段を繰り返すのは何故だ?今度は何を企んでいる・・・」


 すると突然、前線部隊だけでなく、通信機の届く範囲にまで入った本隊全隻に通信が入る。何かに襲われているように慌ただしく報告をする船員から、彼らにとって信じられ無い一報が伝えられた。


 「報告ですッ!ハオランが我々の船に襲撃をッ・・・」


 十秒にも満たないその報告は、各船に衝撃と混乱と僅かな余韻を残して途絶えてしまった。彼の様子がおかしいのは、こうなる以前に分かっていたこと。それでも、彼が仲間に手を上げることなど想像もしていなかった。


 「ハオランが・・・俺達を・・・?」

 「まさか敵に寝返ったのか・・・!?」

 「そんな筈ねぇ!あの人に限って・・・そんなこと・・・」


 被害の様子が分からない。通信は途絶えたが、船が撃沈している様子はない。しかし、彼の攻撃を受ければ怪我では済まない者もいる筈だ。自分達の元にあった頼れる最強の矛が、突如その矛先をこちらに向け、喉元に穂先を突き付けている。船員達の動揺は当然のものだろう。


 ハオランの襲撃の一報を受けた頃、ロロネーを乗せた海賊船は彼の霧により、その姿を濃霧の中に消し去ってしまっていた。だが、決して遠くに行くことはない。ここで引くようなら、全勢力を持ってして攻め立てたりはしない。姿を隠し、必ず奇襲を仕掛けて来る筈だ。


 そして、チン・シーの本隊も遂に前線部隊と合流する。しかし、前線ではハオランの襲撃が今でも行われているのだ。総大将であるチン・シーが近づくのは危険。だが彼女は、生きて耐え凌いだ前線部隊に報いるため、その身を晒し自ら窮地にやって来た。


 「シュユー!もうよい。お前は前線部隊を合流させ、我が隊の陣形を防衛に再編成せよ。その中でハオランの動向を探れ!」


 シュユーは彼女の指示に従い、船を動かすよう指示を出しながら、まだ通信の入る前線部隊を引かせ合流を計る。部隊が集まり、再び中央の時と同じような状況に陥ってしまう。だが、今回チン・シーが下した決断は防御を固めるということ。


 姿を晦ましたロロネーが、どこから攻めて来るか分からない以上、後手に回るのは確実。別働隊とは連絡がつかず、外からの奇襲は望めない。そんな彼らの不安を現実のものとするかのように、陣形を整えたチン・シー海賊団を取り囲むように、ゴーストシップの大船団が押し寄せて来た。


 「敵襲です!我が軍を取り囲むように、ロロネーの海賊船がこちらへ向かって来ています!」


 前線部隊からの報告から、ロロネーの有する海賊船は物理的な攻撃を通さないゴーストシップであることが明らかになり突如現れるカラクリを知ったチン・シーは、シュユーに準備させていた、魔力をエンチャントした火矢を放ち応戦させる。


 飛び回る亡霊とは違い、その船体に火が燃え移れば撃沈させることが出来る。だが弓矢では火力が足らず、一隻撃沈させるのにも時間が掛かる。あくまでこれは時間稼ぎでしかない。


 「ハオランを正気に戻すには、妾が直接出向くしかあるまい・・・」


 彼女にはハオランをロロネーの魔の手から解放する手段に、心当たりがあるようだった。その為付き添いを務める精鋭部隊と、ある人物を船長室へ呼び寄せていた。


 ゴーストシップがある程度チン・シー海賊団の船に近づくと、火矢の炎はその勢いを増し、一気にその範囲を広げていく。これは彼ら妖術師達による弱体化の術と同じ仕掛けだった。


 だが今回は一隻一隻を取り囲むような、局所的なものではない。複数の海賊船に乗る妖術師達による、連携の取れた大規模術式。その範囲も威力も、各個で唱える比ではなかった。


 囲まれてはいるが、決して劣勢ではない状況。そんな中、船長室へチン・シーの待ち望んでいた報告が遂に届く。


 「報告です!我らに襲撃を仕掛けていたハオランを発見しました。只今、シュユー殿と精鋭部隊が交戦中とのことです!」


 「よし!よくやった。シュユーの位置ならリンクの能力で突き止められる。後は・・・」


 後は呼び寄せた人物の到着を待つだけ。そう思った矢先、船長室の扉を警護していた船員二人が血飛沫を上げて、膝から崩れ落ちた。何者にやられたのか、その場にいた誰もが察知することが出来ず、やられた二人は声を上げることなく、自分が何故力なく倒れたのかさえ理解出来なかった。


 「行かせねぇよ・・・。そしてチェックメイトだぜぇ?チン・シー」


 何処からどうやって、誰にも悟られることなく入って来たのか。そこには恐怖と死を思わせる異様なオーラを身に纏った、フランソワ・ロロネー本人の姿があった。

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