不死を貪る

 じわりじわりと近づく大渦潮は、ロロネーのゴーストシップを呑み込んでいき、中央の穴に近づくとそれが本物なのか、砲弾の穴のように映し出しているだけなのか木材をしならせて砕いていく様子が見て取れる。


 そして穴に吸い込まれる頃には、最早船の原型を留めていない程崩壊していた。これで敵船の数を減らしていくことが出来るのだろうか。そう思っていた矢先、一番近くにいたミア達の船が大渦潮に引っ張られ始めたのだ。


 妖術で拡大されたおかげで、敵の船を逃すことなく追い詰められるが、その進行方向によってはこちらへの被害も免れない。急ぎ後退を指示する船員。船は舵を切り相手に背を向けて自軍の元へと引き返そうとする。


 だが、未だ距離の近い大渦潮の勢いに引かれ、船の推進力を上回り中々抜け出すことが出来ない。大渦潮が次なる獲物の元へ向かうまで耐え凌ぐしかない。術の範囲を少し弱めることは出来ないだろうか。ミアは船員に、通信機を使って妖術師達に連絡を取るよう伝える。


 「ダメだ!発動しちまってから調整するには、妖術師の人数が足りねぇようだ」


 移動できない今、こちらから味方の船へ近づくことも出来ない。かといって、他の船はミア達の船を前進させる為に、亡霊の群れの相手を買って出てくれたことで、手が離せない。


 少しでも船の勢いを落とせば、先程まで目にしていたあのゴーストシップと同じ目に合うことになってしまう。戦況は変わったが、未だ危機が迫っていることに変わりない状況に、焦りの表情を浮かべる一行。すると、一隻の船から通信が入る。


 「おい!こっちにアンカーを撃ち込め!船の連結に使うチェーンが中に積んである筈だ。それで俺達が引っ張り出してやる!」


 吉報を受け、船員の何人かが急ぎ船内へ向かい、射出用のアンカーとチェーンを探しに向かった。船底の方から軋む音が聞こえる。例え推進する勢いが残っていても、このままでは船が保たない。


 暫くすると、船内の方から何かを引き摺り出して来る音がし始める。アンカーとチェーンが見つかったのだと、安堵するミア達。しかし、運び出して来た者達の表情は、未だ先程までと同様の焦りを表している。


 「よかった。見つかったんだな!」


 「アンカーは見つかったんだが、チェーンが傷んじまってる・・・。これじゃ引っ張った時の衝撃に耐えられねぇ・・・」


 元々アンカーは、敵船に撃ち込み引きつけることで接近戦に持ち込んだり、相手の船に強引に乗り込む為に使っていたようで、妖術の戦法を用いるようになってから滅多に使用することがなかったと言う。


 「どうする?これじゃぁ途中で・・・」


 アンカーの辺りどころが悪ければ、味方の船を損壊させるだけではなく、引っ張ってもらう推進力すら奪いかねない。その上、チェーンが傷んでいるともなれば、尚のこと。


 「だが、このままでは俺達の船が保たない。もう一度賭けに出るしかない・・・!」


 別の自軍の船から出された提案通り、彼らはアンカー射出の準備を始める。これ以上ミアに出来ることはない。船で生きて来た彼らの方が、アンカーの準備も射出も巧みにこなす筈。後は事の成り行きを見守るしかない。


 何か力になれればと思うが、魔弾を撃った影響でミアには戦う力も残っていない。そう、戦う力は残っていないが、シンと出会い共にメアと戦った時の彼女とは違う。あの時のミアは、魔弾を撃つだけで精一杯だったが、幾度かの戦いを乗り越え、心だけではなく身体や魔力も成長していたのだ。


 確かに今のミアに戦う力は残っていない。だが、彼女の魔力残量はゼロではなかった。それに気がついたミアは、準備を進める船員達の元へ駆け寄り、巻かれているチェーンに手を添える。


 「おい、何を・・・」


 巻き込まれると危険だからと、船員が彼女の後ろへ退かせようとする。するとその手が淡く光り、傷んだチェーンを新品のように元通りにして見せた。ミアのクラスの一つである錬金術。残りの魔力を使い、チェーンを修復したのだ。


 船の船体や専用の機材などは、その構造を知らなければ修復することは出来ない。だが、チェーンであればどんな者にも短かな代物。形状や大きさこそ違えど、大きな違いはない。これなら船や海に詳しくないミアでも治すことが出来る。


 「凄い!これなら途中で切れることもないぞ!アンタ、助かったよ。さっきも、俺達を助けてくれてありがとな・・・」


 「いいから、後は頼んだ・・・」


 残りの魔力を使い果たしたミアは、暫く魔力を使った戦闘が出来なくなってしまう。それでも、残った僅かな力を使い彼らの命綱を治すことに成功する。再び準備を進める船員達。そして遂にアンカー射出の準備が整う。


 狙いを味方の船に合わせる。甲板の方では未だに群がる亡霊と戦っている姿が見て取れる。船の機能を失わせないよう細心の注意を払い、アンカーを射出する。命中したのを確認すると、撃ち込まれた味方の船は後方へと船を進め、ミア達の船を引っ張り始める。


 大渦潮が進行していることも相まって、何とか渦の影響から逃れることに成功する。喜び湧き上がる船員達。そんな彼らの表情を見て安堵するミア。大渦潮はそのままロロネーのゴーストシップを、一隻二隻と平らげて行く。


 だが、前線で船を失いつつあることに気づかぬロロネーではなかった。ゴーストシップはロロネーによって作り出された物。それを失い、ロロネーの身体にもその事態が信号のように伝わって行く。


 「・・・?どういうことだ、俺の船が・・・消えただと?


 乗っ取ったハオランの到着を待つまでの余興であった筈のゴーストシップによる時間稼ぎ。それが徐々に崩壊し始めたのを知り、面倒ごとが増えたと眉間に皺を寄せるロロネー。


 すると彼は、中央でチン・シーにやられた時と同様、霧を濃くしてゴーストシップを包み始めてしまう。だが、ただ撤退させるだけではなかった。船に乗せていた自分の船員達を亡霊へと変え、ミア達のいる前線に援軍として一気に送り込んだのだ。


 「おい見ろ!霧の向こうから黒い影が・・・。何か来るぞ」


 ゴーストシップに貯蔵され、少しずつ送り込んでいた亡霊達が一気に姿を現し、チン・シー軍の前線を覆い尽くさんとする量で押し寄せて来た。その数はとても前線だけで対処出来る量ではない。


 しかし、霧と共に姿が見えなくなった大渦潮は未だ消滅していなかった。数隻のゴーストシップを喰らった大渦潮は、次に宙を舞う亡霊達を襲い始めたのだ。海水で出来た腕は更にその数を増やすと、飛び交う亡霊を鷲掴みにして渦の中へと沈めて行った。


 ウンディーネとミアの残した大渦潮は、想定していた以上にロロネーを苦しめる。濃霧の奥にいたロロネーは突然片膝をつき、胸を押さえ始めた。


 「ぐっ・・・何故だッ!何故俺の霧がこんなにも失われていく・・・?」


 余裕を見せていたロロネーは、チン・シーの本隊にしか興味などなく、前線を疎かにしていた。故にミアの起こした大渦潮の存在にまだ気がついていなかった。直ちに異変をつい止める必要があると、戦闘向けではない亡霊を生み出し前線へ送る。


 「チッ・・・。少々早まっちまったが、出向くしかねえか・・・」


 そう言うとロロネーは、遂に自らの乗る船を動かし始め、前線へ向けて進行する。そんなロロネーの元に、別働隊を機能停止にしたハオランが近づいていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る