ハオラン対ロロネー

 ハオランには、ロロネーの言うチン・シー達に迫る驚異が何なのか分からない。仲間達の力は信じているし、何よりも主人が負ける姿など彼には想像出来なかった。だが目の前にいるこの男の余裕を前に、絶対の自信があるかと問われると、素直に肯けるものではなかった。


 「俺を探し出し、ここまでやって来た褒美だ。お前に一つ、アイツらについてのヒントをやろう」


 相手が敵を前にし、妙に饒舌になるということは、大方先にも述べた通り勝利への絶対的な自信がある時か、時間を稼ごうとする時というのが定番だろう。ハオランが過去に葬って来た者達の中にも、そういった者達がいた。


 だが、彼が体験した相手の話というものは、そのほとんどが聞くに耐えない戯言であり、嘘か真か判断できるものでもない為、大抵の場合が相手にするだけ時間の無駄であることを、彼はよく分かっていた。


 ハオランは大きく静かに息を吸い込むと、前に出した拳を知kら強く握りしめる。そして息を止め、身体を軽く上に持ち上げると、一気に全身の力を拳に集約させる。彼の身体はストンと上がった分だけ下に落ちるが、その構えの型は一切変わることなく、周囲から見れば一見彼が何をしたのか、全く理解出来ないだろう。


 しかし、彼の前に出た拳の先は、まるで巨大な大砲でも撃ち込んだかのように、前方にある物を尽く海へと吹き飛ばした。これは武術における打撃の一種で、寸勁と呼ばれる技。


 通常、拳で殴るとなれば一度腕を引いてから助走をつけ打つのが大半のイメージかと思う。また、引く動作を省略し、押し出すだけのよりコンパクトにした拳もある。だが、予備動作があれば、それだけ相手に動きが読まれてしまうもの。


 大振りの一撃は威力が上がる分、スピードが落ちてしまい避けられ易くなってしまう。逆に小振りの一撃だと、技自体のスピードは上がるが、威力は落ちてしまう。


 ならば、こう思ったことはないだろうか。予備動作のない、全くのノーモーションで放てれば避けられることもないのではと。その理想を限りなく現実のものとしたのが、ハオランの放った寸勁だ。


 無論、全く予備動作無しに拳を放つことなど不可能だが、武術を極めた者達は人体で可能な限り無駄を省いた打撃を会得した。本来であれば、対象物と拳を密着させて放つものなのだが、ハオランは寸勁で大気中の空気を叩き、衝撃波を前方へ打ち放った。


 構えこそ相手に見られるものの、身体のほんの僅かな動きだけで放つその衝撃波は、武術に長けた彼ならではの強烈な一撃と言えるだろう。


 しかしロロネーは、ハオランの放った寸勁を知っているかのように、難なくその強烈な一撃を避けてみせた。少し驚いた様子を見せたハオランだったが、動揺することもなく再び別の構えをとり、ロロネーの出方を伺う。


 彼はロロネーの戯言を、拳で返したのだ。


 「おいおい・・・。連れねぇじゃぁねぇか。もう少し人との会話を楽しませてくれよ。折角、お仲間を救えるかもしれねぇヒントを出してやろうとしたのによぉ・・・」


 「不要だ・・・。話したければ一人で勝手に話してろ」


 先手を打ったハオランだったが上手くいかず、ならばと趣向を変え、何が待ち構えているかも分からないロロネーの懐に飛び込み、肉弾戦に打って出る。一撃一撃が人体の急所を狙った素早い拳で、まるで鋭い槍のように突き出される彼の攻撃を、ロロネーも素早いスウェーやステップで躱していく。


 「そうかい・・・。そりゃぁ少し残念だ。だが折角お前に話してやろうと準備してたんだ。そのまま聞いてくれ、こいつぁサービスだぁ」


 ハオランの素早く強烈な攻撃を、息も切らさず避けるロロネーが、まるでそんなもの通用しないとでもいうかのように表情をコロコロと変えながら話を強引に続ける。更に妙なことがある。この男はハオランの攻撃に対し、一切の反撃をして来ないのだ。


 それに、近接特化のクラスであろうハオランの攻撃に、難なく対応出来ていることだ。近接クラスの攻撃を相手の得意な距離で避けるということは、その相手と同等の近接クラスであるかそれ以上でなければ、容易になし得られる所業ではない。


 だがその見てくれからは、近接戦においてロロネーがハオランを上回っているなど見えない。この男がその見た目通り、海賊のクラスに就いているのなら、海賊はどちらかというと攻撃力に長けたクラスで、拳を使って戦う武闘家系統のクラスにはスピードで負けてしまう筈。


 フォリーキャナル・レースにおいて、均衡する有力者達には大きなレベル差はないのだという。故に、圧倒的なレベル差によるものではない。


 この海域を覆い尽くす濃霧といい、使役していると思われる死霊系モンスターといい。フランソワ・ロロネーという人物には不明な点が数多くある。先ずはそれを、一つずつ紐解いていく他ないだろう。

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