人が生んだ怪異

 絶えず拳を打ち込んでいくハオランに、構わず話を始めていくロロネー。


 「お前は“バラスト水”ってぇのを知ってるか?まぁ、タダの海賊じゃぁあまり聞いたことはねぇかもしれねぇが・・・」


 突然ロロネーが口にした言葉は、港町ならではの単語であり、主に貨物船などに用いられる用語の一つだった。


 バラスト水。船舶の船底に重しの代わりに積み込む水のことだ。貨物船だけに止まらないが、主に荷物を運ぶ目的で作られた船は、積載する荷物のことを想定されて設計される。


 何も考えず、ただ大きな船で荷物を積み込めるスペースを確保しただけの船を作っても、いざ荷物を積み込めるだけ積み込んでみたら、船は沈没してしまうことだろう。逆に、それだけのスペースがありながら少量の貨物しか乗せないと、今度は船が軽くなり、運搬に致命的な支障をきたしてしまう。


 水に浮くのが船なのではないか。幼い頃、川やお風呂に紙や草などで作った自作の船浮かべたことはないだろうか。それは何かを積むことを想定せずに作った船で、水面に浮かべればバランスを保ち流れていく。


 ある程度の波を起こしても、多少は耐え浮き続けることが出来る。水が船に入ってしまっても少しなら沈まず、そこで初めて船らしい姿を拝むことが出来る筈だ。船底を水面より少し沈め、よりリアル感じることだろう。だが、当然ながらそれは積載することを想定して作られたものではないため、風や波に極端に弱くなる。


 今度は、積載を想定した船の作りについて。先程の闇雲に作った船とは違い、次は荷物を乗せて運航することを前提としているため、何も乗せずに移動させると、船の重心が上がってしまい転覆し易くなってしまう。また、浮いてしまうために、横波や横風に弱くなり外力に対する応力が低下する。


 更に浮いてしまうことには、他にも大きな問題が生じる。それは船橋の視界が妨げられ死角が増えるということ。そして船が浮けばプロペラが上がり、推進力の低下が出始めるのだ。


 ザックリとバラスト水について説明を終えたロロネーは、今度はその水が生態系に生じる問題について説明した。


 バラスト水を用いれば、積み込む港と目的地で排出する港が異なる。すると、バラスト水に含まれる水生生物が様々な地域や場所を往来し、生態系を撹乱させる問題が生じてしまう。


 生態系が崩れれば、水産物に影響を及ぼすだけに止まらず、この世界における最も危険視するべき問題が生まれる。


 「バラスト水にはよぉ・・・小さなモンスターが含まれていることも多々あるんだ。すると何が起きると思う」


 何故ロロネーが、そのような話をし出したのかは分からなかった。だが、ハオランはその質問に少しだけ耳を傾ける。


 「生態系の崩壊による、突然変異したモンスターが現れたのさ。生物とは何時も、過酷な環境下で進化を遂げて来た。それはモンスターも同じだという事さ。皮肉なもんだなぁ・・・。人間の技術で奴らの世界は壊れ、そのお陰でより強靭な生命体へと進化を遂げたんだ!」


 「・・・それが何だと言うのだッ・・・!」


 ハオランが漸く口を開いたことに、明かな悦びの表情を浮かべながら彼の問いに答える。それこそロロネーが手を組んだ、この戦いでの隠し玉であり、バラスト水による環境の変化で進化を遂げた者達の名。


 「濃霧の中で静かに揺蕩うミゼリコルドの怪物“メデューズ”。海中に漂動するは血濡れた祝歌のコシュマール“クトゥルプス”。それがお前達に迫る脅威の名だ。いや・・・お前達が生み出した・・・か」


 メデューズ、ミアを襲った少年の姿をした水のモンスター。変幻自在にその姿を変え、触れたものを溶解する程強力な猛毒を扱うことも。複数に分かれた身体には電撃が通るが、本体は純水で出来ている為、そのままでは通用しない。


 クトゥルプス、ツクヨの乗る船を襲撃した触手の女。妖艶な姿をしており、背中から生えた八本の触手は、一本一本が強力な力を持ち、切断すると本体から切り離された部位がモンスターに生まれ変わり、精神異常や幻覚を引き起こす毒を持っている。


 これがロロネーが使役し、人間の文明の力が生み出した海の怪物達。

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