締め括る炎と揺がぬ温情

 シンの作り出した影に入り、彼の乗って来たボードに乗り込む二人。ロッシュの船では大きな爆発が起こり、船底に穴が空いた。このまま近くに居たのでは爆発に巻き込まれかねない。急ぎボードを起動し、その場を後にする。


 その間、ロッシュの船へ寄せていたグレイス軍の船では、船員達が慌ただしく動き回っていた。彼らを指揮しまとめていたシルヴィが、未だロッシュの船に残っている筈だと、船を寄せておこうとする者達と、急ぎ船を離すべきだと主張する者達で意見が分かれ、パニックになっていたのだ。


 「まだシルヴィの姉さんが戻って来てねぇ!姉さんを置いて行く訳にはいかねぇよ!」


 「何言ってやがんだ!この船まで失えばグレイス海賊団にとっても取り返しのつかねぇ痛手になっちまうんだよ!一刻も速くあの船から離れるべきだ!」


 二つの船を離そうとする者達は、急ぎ距離を空ける為の準備をし始める。だがシルヴィの帰りを待つ者達は、ギリギリまで待ってくれと彼らを説得する。


 そんな彼らの葛藤を知ってか知らずか、シルヴィはボードの上から信号弾を取り出し、上空へ打ち出す。煙を出しながら空高く上がって行く信号弾を見送り、シンとシルヴィはそのままグレイスのいる船を目指す。


 彼女の信号弾を見た船員達が、シルヴィの脱出を知り一丸となってロッシュの海賊船から離れる為の準備を始め、速かにその場を離れた。


 爆発を繰り返し、炎に身を包んだロッシュの海賊船は、彼らとの激闘を締めくくる祭祀のように火花を巻き上げながら、ゆっくりと沈んでいった。


 ロッシュ海賊団とグレイス海賊団の戦いは、多くの船員達の犠牲を出し、主戦力の者達は死亡こそしなかったものの、重傷を負いレースへの復帰は時間が掛かるようで、大きなタイムロスとなった。


 しかし命に変えられるものはなく、今こうして生き残ったことを幸運と思い、命を最優先に立て直すことになる。


 シンとシルヴィも、その後直ぐに合流し治療中のグレイスの元へと向かった。彼女がロッシュとの戦いで負った最後の傷は、WoFの世界で言うところのバトルによるダメージではなく、所謂イベントによって負わされた深傷のようで治りが遅くなっている。


 この事は、シンやWoFのユーザーである彼らにしか理解出来ない事で、治りの遅いグレイスを見守る者達にシンは、この話をすることなく静かに見守った。


 暫くして意識を取り戻したグレイスに、船員達は安堵した。目的を果たし、先へ向かったミア達に合流する為、シンはなるべく速くここを立たねばならない。せめて最後に意識を取り戻したグレイスに、一声掛けてから行こうと彼女の居る部屋へ案内してもらうことにしたシン。


 そこには上半身を起こしベットに座るグレイスと、回復班の船員達が治療の作業を行なっている。シンが部屋へ入って来ると、彼女はその者達に部屋を出るように伝え、シンが気を使わずに済むようにしてくれた。


 「もう身体を起こしても大丈夫なのか?」


 それまでの戦闘が嘘のように静まり返り、豊かな波の音と海の香りが心地良く室内に入って来る。船体を揺らす穏やかな波が、まるで赤子をあやす揺籠のように揺れ、寝るには最適な環境が整っているようだった。


 「あぁ・・・心配掛けたねぇ、でももう大丈夫さぁ。安静にしてりゃ痛みはないし、時期に良くなるみたいだよ」


 「それは良かった。援軍に来た甲斐があったよ」


 少し皮肉と冗談を込めたシンの言い回しに、彼の気が滅入っていないことを悟ると、グレイスはそれを鼻で笑い飛ばし、彼の言う通り援軍に来てくれたシンに感謝を伝える。


 「ありがとう、シン・・・。アンタの援軍がなかったら、もしかしたらこうして生きていたのはアタシらじゃなく、ロッシュ達だったかも知れない。決して侮っていた訳じゃない、ただ奴がアタシらの想像を超えて来た。アタシらの掴んだロッシュに関する情報は既に更新されてたんだろう。パイロットというクラスに、あんなスキルがあったなんて・・・」


 ロッシュのスキルに驚かされたのはグレイスだけでは無い。WoFをそれなりにプレイしていたシンでさえ、パイロットというクラスに“人を操縦する”なんてことが出来るなど微塵も思わなかったのだから。


 グラン・ヴァーグへの道中で出会った少年、ヘラルトも戦闘向きではない作家というクラスで戦いを行なっていた。シン達の知らないところで、それぞれのクラスに出来る事が更新されたとでもいうのだろうか。


 はたまた、シン達WoFのユーザーがこちらの世界に転移して来たように、こちらの世界でも何らかの影響が出ているのだろうか。


 「俺もあんなもの初めて見た・・・。俺の知っているパイロットじゃぁない。グレイスも知らなかったのか・・・」


 「アタシらが知らないだけで、それぞれのクラスにはまだ可能性があるのかもしれないねぇ・・・」


 AIが人間であるユーザー達から、より人間らしいことを学ぶようにクラスの活かし方もまた、ある程度許容される範囲で進化しているということなのか。シンは後でこの事を白獅へ報告することにした。


 「アンタ・・・一人で来たようだけど。他の仲間はどうしたんだい?」


 「あぁ、グレイスが島でハオランと別れた後、彼と会ってな・・・。話を聞けばハオランの方もロロネーの襲撃を受けたようで、最初は全員でそっちの援軍に向かおうとしてたんだが、グレイスの方が予期せぬ援軍で慌ただしくなってると聞いて・・・」


 シン達はツバキの重傷を治してくれる相手を探していた。しかし、タダでライバルを助けるような者などいないだろう。そこでハオランに協力し恩を売ることで、彼らの船団にいるであろう回復を行える者に治療してもらう魂胆だった。


 「その・・・痴がましいかもしれないけど心配だったんだ・・・。アンタは俺達に親切にしてくれた。そんなアンタの身に危険が迫っていると知って、放っておけなくなったんだ。恩人が危ないってのを知っておきながら、別のことが出来るほど俺は分別を弁えた人間じゃない。だから・・・上手く生きられなかったのかもな・・・」


 彼は少し現実世界でのことを思い出していた。他人のことを気にするあまり、その何処かで余計なお世話でもして疎まれていたのかもしれない。もっと自分を優先して生きられたのなら、周りもまた別の接し方をしてくれたのだろうか。


 シンの話を黙って聞いていたグレイスは、そんな彼の生き方を優しく肯定してくれるかのように目を瞑り、首をゆっくりと横に振った。


 「・・・そんな事はないさ・・・。アンタの気遣いのおかげでアタシらは命拾いした。シン・・・アタシらはアンタのしてくれたことを決して忘れないよ。何かあったらアタシらを頼りな、必ず力に成ると誓うから・・・」


 まるでそれまでの自分の生き方は間違っていなかったのだと、優しく手を差し伸べてくれたグレイスの言葉に、シンの目からは自然と涙が溢れた。

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