個の功績、軍の功績
部屋から出てきたシンを出迎えたのはシルヴィだった。今グレイス海賊団の幹部勢の中で動けるのは、彼女しかいない。エリクもルシアンも、命に別状は無いもののまだ以前のように動き回るには少々時間が掛かるようで、まだ軽傷の方だったシルヴィにグレイスが見送りを頼んでおいたのだ。
「もう終わったのか?」
「あぁ・・・ちゃんと挨拶も出来たし、助かったよ」
意外な人物が待っていたことに驚くシンだったが、グレイスの部屋へ入ってから出るまで彼女はここで待っていたのだろうかと思うと、少し申し訳ない気持ちになる。そもそもシルヴィはずっとここで待っていたのだろうか。
ただそれも、グレイス軍の船に停めてあるシンの乗って来たボードへの道案内をしてくれていることから、想像がついた。流石の彼女であっても、船長の命令とあらば大人しくなる。
道中、シンは彼女にもお礼を伝えた。戦いの中でのこと、協力してくれたこと、船内で面倒を見てくれたこと。意外にも彼女は面倒見がよく、船員達がシルヴィに憧れ姉さんと親しむのも分かるような気がした。
「すまなかったな、見送りまでして貰って・・・。大した功績も立ててないのにな・・・」
ロッシュとの戦いを思い返すと、シンは自分が活躍した場面を思い出すことが出来なかった。援軍や助太刀と言ってはみたものの、結局何も出来なかった。聖都ユスティーチの時と同じ。何かを果たそうと努力しても、如何にもならない力の差がある。
初心者が集う街を離れれば離れるほど、シュトラールやキング、彼らには及ばずもながらシンよりも強かったロッシュなど、一人ではどうしようも無い相手が多く存在することを、嫌でもその肌で感じることになる。
現実世界への移動を可能にするかもしれない危険なアイテム、このレースの何処かにある移動ポータルを入手する為にと勢いで参加したものの、それどころか生きてレースを完走、或いは脱出することが出来るのだろうか。そんな不安がシンの中に芽生え初めてしまった。
「何を言っている・・・。敵を倒すことだけが功績ではない。仲間を鼓舞したり、援護したり守るのも、重要な功績だ。お前は十分以上に俺らを助けてくれたじゃねぇか!それに、敵を倒した功績と言えば、俺だって同じだしな・・・。子分や姉さん達をもっと安心させられるように、俺も今以上に強くならねぇとな・・・!」
掌に拳を打ちつけ、未熟な自分への苛立ちをぶつけるように大きな破裂音を立てる。落ち込むことはない、自分も同じだという彼女なりの励ましなのだろう。
だが、彼女の言葉は彼を立ち上がらせるには十分な効力があった。確かに一人で何かを為さねばならない時が来るのかもしれない。しかし、それが全てではない。彼らのように集い、力を合わせることで得られるモノもある。
それを思い出したシンは、それまでの陰気な空気を脱することができ、穏やかな気持ちでボードに乗ることが出来た。
「俺らはまだ、レースを諦めた訳じゃぁねぇ。少し遅れることになっちまったが、必ず挽回してみせるぜッ!精々追いつかれねぇ様に、差を広げる努力をしておくんだな!」
「あぁ!そうさせてもらうよ。何せ俺達は素人だからな。・・・それじゃぁ・・・またな、シルヴィ」
ロッシュの海賊船にあった戦利品の一部と、グレイスからの贈り物を乗せ、シンはボードにエンジンをかける。そして、穏やかな大海原に波を立てながら彼は駆け抜けていった。
そして、シルヴィは大きく手を振って見送ると、彼の姿が見えなくなるまで、その光景を眺めていた。
時はシンと別れたミア達の場面へと遡る。
グレイスの元へ向かったシンを見送り、ミア達はハオランと共に襲撃を受けているというチン・シーの元へと急行する。
「なぁ!詳しい状況ってのは分からないのか?チン・シーってのはこのレースでも屈指の大船団なんだろ?なら部下の船でも差し向けて撒いちまえばいいんじゃないか?」
多くの船団を引き連れる大海賊チン・シー。その圧倒的な数を持ってすれば、急な襲撃を受けたとしても、何隻かに殿を務めさせれば抜け出すことも容易なのではないだろうか。そう考えたミアがハオランに尋ねると、どうやら事態はそんな簡単な話ではなかったらしい。
「えぇ・・・確かに普段、相手にするような敵であれば、私や部下の者達が代わりに相手を務めるのですが、こうして緊急の連絡が入ったということはそれが出来ない事態になっているということでしょう。詳細について尋ねようと連絡を試みているのですが・・・どうにも繋がらないみたいで」
「グラン・ヴァーグの店で、貴方とロロネーがもめている現場を目撃しました。それと何か関係があるんじゃないですか?」
ツクヨは彼とロロネーが、何かの因縁のようなものでもあるのではないのかとハオランに尋ねるが、彼はあれがロロネーの宣戦布告のようなものと考えていた為、襲撃との関係性は薄いと話す。
ロロネーにとってあの店での出来事、そしてハオランを挑発したのは、ロッシュとグレイスの戦いに彼を巻き込もうとしての事だった。
チン・シー海賊団の中でも屈指の実力者であるハオランが彼女の元にいるのでは、作戦の実行が困難になってしまう。そこでチン・シーと友好関係にあるグレイスが危機に晒されれば、僅かでも時間稼ぎが出来るのではないだろうかという魂胆だった。
しかし、ロロネーにとってそれが上手くいこうが失敗しようが関係のないこと。ハオランがチン・シーの元を離れてさえいれば、それだけで彼にとっては十分だったのだ。
「フランソワ・ロロネーとは、それ程の海賊なのか?」
「いえ・・・以前までの彼であれば、こんなことには・・・。一体何が起こっているのか・・・」
不気味な男、フランソワ・ロロネー。ロッシュを巧みに操りその気にさせ、自分の作戦の為に利用する抜け目のない男。悪逆非道なロロネーにチン・シーが捕まるようなことが万が一でもあれば、何をされるか分からない。
冷静で落ち着いた印象であったハオランも、流石の不測の事態に焦りの表情を見せる。今までとは違うロロネーに、連絡の途絶えた大船団、彼も気が気ではないのだろう。
そうしている内に、三人を乗せた小型船は遠くの水平線に、とあるものを見つける。それは例え海上でなくとも、出来ることなら入りたくはないと思わせるほど大きく、そして深い濃霧の塊だった。
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