強力な力の代償
ヴォルテルを囲う残りの船員達は、刃を男に向けながらもその足は前へ進むことを拒んでいた。得体の知れない出来事を前にして飛び込んでいくほど、冷静さはかいていなかったが、恐らくそれは冷静というよりも生物としての本能、危険察知能力が働いていたに過ぎない。
「どうしたよ?来ねぇんならこっちから行くぜぇ!?」
笑みを浮かべて挑発して来る男が一歩二歩と前進すると、周りの者達はそれと同様にまた一歩二歩と後退する。誰もが考える時間を欲している。攻め込むにしてもどう攻め込むべきかと。先に倒された者達の光景を目の当たりにしたことで、同じことをしても無駄だと身体がデジャヴを起こすことを拒否している。
考える時間が欲しかったのは、ルシアンも同じだった。前後左右に加え、上下にも及ぶ防御。しかもそれが攻撃にも繋がるヴォルテルのスキルは、考えれば考えるほど隙のない便利なスキルだと感心すらしてしまう。
「どうする・・・?どうすればあの防御を看破できる・・・!?」
対応策が思い浮かばないことに焦りに囚われるルシアン。すると一人の船員がパニックを起こし、ヴォルテル目掛けて銃を発砲する。恐ろしいものを近づけさせまいと、声を出して無理やり身体を動かして放った銃弾は、男の鎧に跳弾して他の船員の足元へ着弾する。
撃たれた張本人でもあるヴォルテルを含め、周囲の者達は弾の行方を目で追い、弾痕を見つめていた。誰もが手を拱いていた場面で、一番初めに行動を起こした船員に触発され、周囲で囲んでいた者達が一人二人と同じように悲鳴のような声を上げて銃を放ち始めてしまった。
無論、銃弾は鎧によって弾かれ、鉄板の向こうにある肉体に到達することはなかった。撃てども撃てども結果は同じ。銃を持った者達が弾切れを起こすと、次は剣や手斧を片手に奮起して突撃を開始してしまう。
「よしなさいッ!それでは先と同じ・・・ッ!?」
無闇矢鱈に責め立てる者達が後を絶たない、騒然とする彼らを止めようとしたルシアンだったが、あることに気がつく。次から次へと立ち向かって来る者達を一人、また一人、或いは二人三人と薙ぎ倒していく姿は、まるで獣のように獰猛で恐ろしい。
だが、四方八方から来る者達を蹂躙する術をヴォルテルは持っているはずだ。それは先程にも見た、全方位へ広がるシールドバッシュ。有象無象共を一気に片付けられるスキルを何故今使わないのか。
「クールタイムッ・・・!なるほど、あれだけ隙のない強力なスキルであれば、連続して使えないのは道理・・・」
クールタイムとは、スキルの再使用までにかかる時間のことで、強弱や効果によって大小はあるが、全てのスキルに与えられているもの。ヴォルテルの全方位シールドバッシュは非常に強力なスキルが故に、クールタイムが長い。
何故このようなものがあるのか。もしクールタイムもなくあのようなスキルを間髪入れずに放ててしまえば、そのスキルを無効化にでもしない限り近づくことも出来ない無敵の状態になってしまう。
そうなってしまえばゲームバランスは崩壊し、ただ強いスキルを撃ち続けるだけのつまらないものになってしまう。だがこれは現実世界でも言えることだ。渾身を込めた一撃とは、どのような生物であれ制限無しに打ち続けられるものではない。気持ちは打ち続けているつもりでも、身体がそもそもついていかないだろう。
強いパンチを放つ為に行った、予備動作から得られる運動エネルギーを再度充填しなければ同じパンチは放てない。要するにこれがクールタイムと呼ばれるものだ。それを無視して行えるとあらば、それは最早生物の域を脱した別の何かとなる。
「今がチャンスかもしれませんッ!皆の者ッ!今こそ攻め時ですッ!重装兵との戦い方はわきまえていますねッ!?」
重装兵は、その見た目から来る重圧や存在感で相手の意思を削ぎ、生半可な飛び道具ではダメージを与えることすら出来ない。そしてそのような物を身に付けている人物というのは、戦場に留まるための武に長けている人物である場合が多い。
だが、その守りが故に移動が困難であり、足場の悪い地形にも弱い。その為、戦場で孤立し易く敵軍に囲まれてしまえばひとたまりも無い。今正に目の前に広がる、ヴォルテルを囲む光景のように。
自ら弱点は当然彼も理解しているだろう。それでも敵陣に飛び込んでくるということは、全方位シールドバッシュの他にも手段を持ち合わせていることは、考えるまでもない。その為のチーム、その為の軍である。
他の手段があろうと数で耐え凌ぎ、隙を見て装甲の薄い関節部位を負傷させることで、強力なスキルを撃てなくさせてしまえばいい。ルシアンはシェイカーによる調合を始め、船員達の狭間からヴォルテルの隙を伺っていた。
「大きな火力はいらない・・・、前に進めなくなる衝撃を、盾を持てなくなるダメージを・・・」
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