飛来する盾

 両軍の距離が近くなるにつれ、緊張感が高まる。戦いは既に始まっているというのに、今更になって気持ちを後退させるようなことが頭の中に次々と浮かんでくる。それは負傷して手当てを受ける仲間や、敵の攻撃により死亡してしまった者が視界に入る度に色濃く、そして大きくその心を押し潰さんと迫ってくるようだった。


 次は自分の番だ。


 運が良かっただけか、それとも無意識に戦場から身を引いてしまっていたからなのか、まだ戦える者達の多くはまだ負傷していない。血の臭いと痛みに苦しむ悲痛な声、そして死の恐怖に顔を歪ませる表情を見てきたからこそ、心臓の鼓動や身近に生というものを感じる。


 砲撃は飛んでこないが、代わりに殺気のようなものが迫ってくるようだ。近接戦になればより近くで命の終わりを目撃することになり、そしてその手で終わらせることにもなる。


 波や潮風の音が妙に強調されて聞こえてくる。それだけ静かな立ち上がりであると共に、それだけが開戦へ向けて迫る時間を音にして表しているようだった。しかし、様々な思いで気持ちがざわつく中、その時は意表を突いて突然やって来る。


 三隻にまで数を減らしたロッシュ軍の先頭を走る船から、大きな黒い塊が飛んでくるのが見えた。今まで散々見てきたからこそよく分かるが、その大きさや射出の音がなかったことから、砲弾でないことは誰の目にも明らか。


 飛んできた塊は、同じく三隻になったグレイス軍の一隻、エリクの作戦通り迫撃砲を移動させルシアンが乗り込んだ武装船へと落ちて来る。


 「前方より何か来ますッ!射程や高度、角度から着弾は免れません。衝撃に備えて下さいッ!!」


 ルシアンの乗る船の操縦室から、飛来物に対する警戒の通信が入る。


 「何ですか・・・あれは・・・?」

 「おいおい・・・嘘だろ!?」


 当事者であるルシアンや船員達は勿論、それを別の場所から見ていたシルヴィが唖然としながら、飛来物の到着を見送る。船首に落ちて来たソレは、着地と共に船を揺らし、鋼を打ちつけたような金属音を響かせた。


 倒れないようバランスを取るルシアンが、手摺りにもたれ掛かりながら揺れを起こした元凶の方を見ると、それは普通では考えられないようなものだった。近づいて来たとはいえ、届きようもない距離を飛んでその“者”は飛来した。


 「なッ・・・!?馬鹿なッ!ここまでどれ程の距離があると・・・」


 ゆっくりと立ち上がったその塊は、震えながらも飛来した者を取り囲み刃を向けるグレイス軍の兵達を見渡し、鼻で笑うその男が鋼で身を包んだ銀色に光る足を一歩前へと進める。


 甲板に響く鎧の鳴らす金属音で、呆気に取られていた者達は我へと帰り、目の前に迫る敵に、刃を握る手に力が入る。震え声で動くなと声をかけるが男は聞く耳を持たず、無視して歩みを進める。


 警告を無視して歩みを進めるその男に、グレイス軍の船員達は意を決し襲いかかる。すると男は、その巨体を覆い隠す程に大きな盾を片手で持ち上げ、甲板の上に突き立てるようにして振り下ろした。


 その瞬間、男を中心として見えない空気の壁のようなものが放たれ、前線で斬りかかろうとしていた船員達を勢い良く突き飛ばして行った。範囲の外にいた後方組の者達が思わず足を止め、飛ばされて来た船員達を見る。彼らには何が起きたのか理解出来なかったようだが、後ろで見ていたルシアンには男の放った空気の壁が、円状に広がっていくのが見えていた。


 「その重装備に大きな盾・・・。貴方のクラスはシールダーか・・・?」


 男はルシアンの声に、ニヤリと笑う。盾を持ち上げ、押し除けた者達の間をズカズカと進み倒れる人や武器を避けることもせず、足で蹴飛ばしながらルシアンへと近づいていく。


 「へッ!そうさ、俺ぁロッシュ海賊団の将が一人!ヴォルテル・・・、ヴォルテル・フェルトマンッ!アンタの言う通りシールダーのクラスだッ!」


 大声で名乗りを上げる豪快な男。しかし、ルシアンはこの男に違和感を感じていた。シールダーのクラスとは、その名の通り盾役となって相手の攻撃を一身に受け止める役割だ。


 本来であれば守るべきものの側にいたり、攻め込む者と前線に出るなど、“チーム”で動くクラスではないだろうか。それが今、敵軍の中へと“単独”で飛び込んできた。ルシアンは、それがどうしても頭の中で引っかかってしまう。


 両軍の主戦力ともなる者となれば、ダブルクラスで見るのが妥当だろう。つまり彼はその絶対防御と共に、何か攻撃手段を持ち合わせているからこそ自信を持って敵軍の中へ飛び込んできたのだ。


 先ずは牽制しそれを見抜かないことには、間違いなく痛い目を見ることだろう。エリクが互角の状況にまで持ち込んだという功績を、決して無駄には出来ない。次こそ劣勢ではなく、優勢に持っていかなければ軍の士気にも関わることになる。


 一度劣勢を覆しても、また劣勢に立たされれば敵わない相手なのではないかと気持ちが弱くなり、二度目ともなればそこから立ち直るのもまた難しくなる。

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