ハオランとロロネー


 素人目ではあるが、ツバキの造船技術はしっかりとしたものであり、町の散策で見かけた船屋にある船や、停泊している船などとおう変わりはなく、不安を抱くような作りではなかった。


 それ故に、何故ウィリアムが彼の船を商品として店に出したり、レースじゃ無いにしても人を乗せて動かすことに許可を出さないのか、彼らには理解できなかった。


 「どうだ?俺の船は、しっかりしてんだろ?ちょうどアンタらは少人数だ、大型船なんかよりこっちの方が絶対にいい!乗ってみたくなったんじゃないか!?」


 どうしても彼らの口からレースに出ると言わせたい様子のツバキだったが、 シン達の気持ちを揺るがせるほどの効力はなく、再度互いの意を確認しようとそれぞれに視線を送るも、誰も首を縦には振らなかった。ツクヨが少し悩んでいる様子だったが、彼のはきっと乗ってみたいという好奇心によるものだけだろう。


 「アンタの腕前は分かったよ。確かに売られていてもおかしくないような出来だと・・・思う。だがそれでも私達の気持ちは変わらなかった。レース開催まではまだ時間があるんだろ?だったら参加してみようと思う輩が他にいるかも知れない。客を探す手伝いくらいだったらしてやれるが・・・」


 流石のミアも少し申し訳なさそうにツバキにそう伝えると、彼はガックリと肩を落とし残念そうに項垂れた。


 造船場の電気を消し、彼の家へ戻るとその日はそれで就寝に着くことにした一行。彼の件は残念だったが、彼らも彼らでまだレースの詳しい情報などを得ていないこともあり、明日は異変についてだけでなく、レースのことについてももう少し情報を探ってみることにした。




 翌朝‬、彼らが目を覚ますとツバキは既に家に居らず、一行は彼を探しながらウィリアムの作業場を覗くと、既に彼はウィリアムの仕事の手伝いに取り掛かっていた。忙しなく聞こえてくるウィリアムの声と返事をする作業員達、例え許可出しがされなくともツバキは彼の仕事に真剣に向き合っている様子で汗を流していた。


 一声掛けてから町に出ようと思ったが、ツバキの集中力を切らしてしまうのも悪いと思い、彼らの邪魔をしないよう静かにその場を離れるシン達。無言というのもどこか失礼に値するということで、ツバキの家に町に出掛けて来る事と昼食は要らないといった内容の置き手紙を残して行くことにした。


 町はレース日が近づいたこともあり、更に人の数とその賑わいを増しているようだった。停泊している船の数も増え、その装いは如何にも荒くれ者達が乗って来たのであろうという雰囲気を醸し出していた。


 初日では回りきれなかった店を今度は三人で巡っていくことにし、今度はレースのことについても質問していく。どうやらレースへのエントリーは大会当日まで可能らしく、開催前にエントリーする者達の現在の経験値を測定し、レース終了後に再度測定を行い、モンスターを倒して得た経験値をポイントに変換するようだ。


 他にも順位によるポイントや、途中で見つけてきた財宝によるポイント換算などで集めた最終的なポイントで競うもの。レースというだけあって、順位によるポイントが最も大きくなっているため、モンスターや財宝に目もくれずゴールを目指すのも一つの作戦だという。


 暫く回った後に三人は、昼食も兼ねて二階建てのテラス席で潮風を感じながら、この町に来て漸く海の幸を使った料理を口にする。ツクヨが初日のお詫びを込めて、みんなで摘めるメニューをご馳走し、すっかり港町を満喫していると、向かいの店で黄色い歓声を浴びる人物が目についた。


 「なんだ?有名人か何かか?」


 「凄い人だかりだな・・・。有名なレースらしいからな、お偉いさんや有名人も見に来るじゃないか?」


 ミアとシンがそんな自分達とは直接関わりのない世界のことを話すように、食事をしながら話をしていると人集りの中から、一際異彩を放つ美しい人物が見えると同時に、その人物に集まっていた人集りが道の方へと何かを避けるように流れていく。


 「おうおう、えらい人気だなぁ坊主。俺様もそんな風にキャーキャー言われたいもんだねぇ」


 ゆっくり歩み寄る不粋で喉を鳴らすような低い声の男は、見るからに海賊だろうといった大きなマントと帽子を携え、正反対な見た目をした美青年に言い寄る。


 「誰かは知らんが、周りの人がお前を避けているように感じるぞ。迷惑だからとっとと失せろ」


 辺りの建物や道を通りかかっていた人々が、一斉に声のする方へ注目する。シン達が食事をしていたテラスでも、席を立ち騒ぎを見に行く人が大勢いた。


 「おい!アイツ・・・、ロロネーを知らねぇのか!?」


 「あのままじゃ殺されるぞ・・・」


 野次馬達の口にした、ロロネーという名前に聞き覚えのあったシンが、側にいた人に騒ぎの中心人物達について話を聞いてみる。


 「すみません、あそこで騒ぎになってる人達って・・・?」


 「アンタ知らないのかい?あそこで黄色い歓声に囲まれていた青年は、前回のレースを完走した際に、賞金がかかっていた海賊達の首を幾つも持って来た、見た目とは裏原にとんでもねぇ強さを世界に見せつけた“ハオラン”っていう賞金稼ぎで、もう一人の如何にも海賊ですっていうおっかねぇ雰囲気の奴が、海を渡る者なら知らねぇ奴はいない程の大物海賊、“フワンソワ・ロロネー”だ」


 男が話してくれた二人の人物、一人は初日の情報収集の段階で聞いたことのあった名前だったが、もう一人の中性的な美しさを放つ美青年は、前回のレースが初出場という新人のホープで名を“リーウ 浩然ハオラン”というようだ。そんな話をしていると、二人の間に更に動きがあったようだった。


 「ハハハッ!そうか!オメェさん、俺を知らねぇってか!それはそれは・・・、俺ももっと名を上げねぇとなぁ!えぇ!?おいッ!」


 ロロネーは腰に携えた剣を抜き、側で関わらないようにジッとしていた男性の頭を切り落とし、辺りは見に来ていた人達の悲鳴で騒然となった。彼はテーブルに転がる男の頭を持ち上げると側にあったフォークを手にし、それを目に突き刺した。


 ハオランはロロネーの奇行をその瞳に捉えると、目を逸らさず鋭い眼光で睨みつけていた。ロロネーも彼の視線を感じると、口角を上げて笑いながら睨み、フォークで男の頭から繰り出した目玉をなんと、そのまま口に運び食べ始めたのだ。


 汚らしく咀嚼音を立てながら吟味し、満足したのかその口の中のモノを飲み込むと、ロロネーは手にした頭をテーブルにある料理の皿に乗せ、突っ伏した男の肩を叩く。


 「美味かったぜぇ、いい目してるじゃぁねぇか・・・」


 口元を真っ赤に染めたロロネーは、最後に彼の事を知っているのか、ハオランに向けて意味深なセリフを残していく。


 「オメェさんの飼い主によろしく伝えておいてくれよ、今度はアンタを貰いに行くってなッ!ハハハハハッ!!」


 凡そ人の所行とは思えぬ惨劇を起こした悪魔のような男は、それ以上何かをするでもなくその場を立ち去っていった。警備の者が駆けつけた時には既に遅く、ロロネーは突如彼の周りを覆うように現れた濃い霧の中へと消えて行ってしまった。


 すっかり人が居なくなった現場は、警備の者達によって封鎖されると、ハオランもその場を後にしようとしていた。あんなものを見せられた後では、とても食事どころではなくなってしまったシン達も席を立ち、会計を済ませると店を後にした。


 店を出た直後、すぐ側の道からこちらに歩いて来るハオランの姿を見たシン達は、レースの経験者でもあり、明らかに他の者達とは違い、異彩を放つキングやマクシムに似た雰囲気を醸し出す彼に、異変やレースについて聞いてみることにした。

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