World of Fantasia

デスレース

　彼の周りに人も集まっておらず、用事に追われ急いでいる素振りもない今なら会話をすることができるかもしれないと、シン達はハオランに声を掛けた。

　「すみません」

　「ん・・・？あなた方は・・・？」

　店から見ていた時とは打って変わり、とても穏やかな表情を見せてくれた彼は、それほど驚いた様子もなくシン達の方を振り返る。

　「先程の騒ぎを見ていた者なんですが・・・」

　そう言うと彼は恥ずかしいものでも見られたかのように、お茶目に苦笑いをしながら頭を掻いた。それだけ聞けば初対面の人にも人当たりが良く、彼の穏やかな人間性が垣間見えるような反応であるが、忘れてはならないのが、彼はほんの数分前に人の頭が切り落とされる光景を最前列の特等席で目の当たりにしており、尚且つロロネーの悍しい食事シーンを見ているということだ。

　その直後にこれ程穏やかでいられるというのは、彼には失礼だがとてもまともな神経をしていない。故に彼は、それ以上に酷い光景や体験を経てきた者であるか、単純にイカれた者であるか、ということになる。だが、彼を前にすれば直感的に前者であることは疑う余地もない。

　「いやぁ・・・これはこれは。大変なものをお見せしてしまったようで・・・・。トラウマにでもなっていなければ良いのですが・・・」

　「お気遣い、感謝します。俺達は旅のもので、つい先日この町に辿り着いたばかりです。何か周辺のことや町で開催されるレースのことについて、お話を伺えたらと思いまして・・・」

　　シンが当たり障りない会話で異変について探りを入れていこうと話を始めると、ここでは話づらかったのか、自分の行きつけの店に場所を変えないかと申し出てくる。丁度聞きたいことも沢山あり、立ち話ではお互いに大変だと利害が一致し、一行はハオランの後についていくこととなった。

　彼が案内してくれたのは、路地の先へ行った地下へと続く階段を降りていく穴場的なスポットの酒場で、店内は流石港町といったところか、窓の外は水槽になっていて、潜水艦を模したデザインとなった薄暗いネオンのお洒落な彼らしい店だった。

　あまりに別世界のような空間に、辺りを見渡す三人を笑顔で手招きするハオラン。彼の特等席なのだろうか、店員に案内されることも一直線に何処かへ向かっていく彼と一行は、鉄板に付いたドアハンドルを回し、個室へ案内される。

　「さぁ、どうぞお座り下さい。何か飲みながらでもお答えしましょう。私に答えられる質問であればね？」

　彼は部屋に用意されたタッチパネルを操作し出すと、店員の男が現れ注文を取りに来るとハオランはいつものと言って注文を終える。三人はメニューを渡されるが、色取り取りのの料理に迷わされてしまうので、彼に適当に見繕ってもらうように頼むと、彼はメニューも見ずに注文していく。

　「失礼ながら貴方のことは町の人に聞きました。あのロロネーという男については・・・？」

　彼自体、あの場において知らないと公言していたが、ロロネーの方はハオランについて何か知っている素振りだった。あの醜悪な男の言っていた“飼い主”という言葉は、ハオランのバックに何者かの影を臭わせる。それが単純に親玉のような存在であるのか、それとも腕を買われ雇われているのかということになるだろう。

　「名前くらいは聞いたことがありますよ。ですが、あんな如何にも面倒ごとを運んできそうな輩とは関わり合いたくないと思って嘘をつきました」

　笑顔で話しをしていた彼だったが、その後ロロネーに言われた一言を思い出すと、人が変わったかのように表情が変貌し、恐ろしい目付きになる。

　「だが、“あの方”に手を出そうと言うのであれば、私はあの男以上の残虐性を持って奴を滅ぼします。・・・どんな手を使ってもね・・・」

　人当たりの良い優男の印象だったが、彼のその二重人格とも思える変貌っぷりに一行は驚異を前にしたかのように息を呑んだ。

　「あの方・・・？」

　「失礼、・・・見苦しいところをお見せしました。どうかこの話はここまでにして頂きたい」

　いつもの調子に戻ったハオランは、自らの雇い主なのかボスのことについての一切の質問を受け付けなかった。それはその人物に指示されてのことか、それとも身を案じ彼が情報を漏らさないようにしているか、どちらにしても彼の背後関係についてはこれ以上聞けなさそうだった。

　「わかりました。ハオランさんは、前回のレースの経験者だと伺いました。その時の様子とレースのことについてお聞かせください」

　「えぇ、いいですよ。そうですね・・・どこから話したものか・・・」

　ハオランは自分がレースに参加した背景とその時の様子、そしてレースの簡単な説明や注意事項などを話してくれた。レースに参加した時の彼はまだ一人だったようで、“あの方”という人物に接触したのもその後のことのようだ。

　始めは大勢の参加者で賑わいを見せていたレースも、終盤彼がゴールする頃には有名な海賊やギャング、賞金稼ぎなど一部の有力株の者達しかいなかったという。

　「軽い気持ちでレースに参加した者達は、見る影もなく一様に姿を消しました。それもその筈・・・。このレースはお祭り事や単に速さを競うモノなんかじゃなく、命を賭けたデスレースなんですから」

　海賊やギャングといった荒くれ者達が参加するレースなのだから、荒れるのは想像が付いていたが、彼らは何も一つのグループで参加している訳ではなく、複数の団体で登録し、分担してレースに臨んでいるのだ。

　そして、財宝やアイテムを獲得したグループを先回りして待ち構え、潰して奪う。だからゴールできるのは、それらの包囲網を掻い潜るだけの実力が備わった者達だけとなる。