第22話 小寿恵との約束

 こうの放った衝撃的な発言にまき絵は驚くところか怒りに満ち溢れる。


「あんた……そんな大事なこと何で黙っていたの?」

「ああ。でも内緒にしようと思ってなかったんだ。言うタイミングがわからなくて今まで黙っていたんだ」

「どうしてアメリカに行くことになったの?」

「きっかけは理事長の友人の藤原さんに、アメリカに来て宇宙に関しての物理学を大いに学べ、と言われてな。それで今日、藤原さんから連絡がきて、アメリカに行くことを了承したんだ」

「唯ちゃんの受験勉強はどうなるの?」

「勿論、唯の受験が終わるまで待ってもらうよう約束はしてる」


 今まで見せたこともない暗くうつむいた表情をするまき絵はぼそっと口を開く。


「わかった。もういい、今夜はもう帰る」


 まき絵は魂が抜けるように、ゆらゆらと歩き恍の側から去って行く。

 ほんとは何か一言告げて、まき絵を引き止めたかったが、何故か言葉が詰まって恍はその場で立ち止まってしまう。



 それから一人寂しく帰路についていると、恍の自宅前に人影が見えた。

 暗闇に包まれてはいるが街頭の灯りで腕を組んで仁王立ちしている人物のシルエットが見える。

 恍は生唾飲み、その人物の方へと歩く。

 目の前の人物に恍はある人物をよぎった。その人物は一番に苦手なまき絵の姉の城ノ内小寿恵じょうのうちこずえだと。

 たぶんまき絵との一件の事で聞きたいことがあるに違いないと悟った。


「よう、恍。今までどこをほっつき歩いていた? 待ちくたびれたせいで、今ここでお前を殺したくてうずうずしてきたぞ」


 ドスのきいた低い声に恍は下半身を漏らさんばかりに身をすくむ。


「やあ、小寿恵姐さん。ちょっと公園で夜風に当たって帰ってきたからしょうがないだろ……」

「そうか。ならもう一度近所の公園に行こうか」


 不気味にニコニコ笑みを浮かべる小寿恵にどこか恐怖を感じる恍は一歩後ずさんだ。


「今じゃなくてもいいだろ? 今夜はクタクタなんだ」

「私の命令を聞けないというのか?」


 拳をポキポキと鳴らす姿は、まるで獅子をも恐れるような格闘家に見える。

 急いでこの場からエスケープしようと、恍は逃げようとしたとき、急に地面に大の字で転んでしまう。

 脚の感覚が感じない恍は恐る恐る自分の脚に顔を向けると脚がへんな方向に向いていたのだ。


「安心しろ。骨は折ってない。


 瞬時に脚の関節を外す小寿恵にさらなる恐怖を抱く。

 そのまま恍の身体を肩に担いで小寿恵は近所の公園に向かった。



 にぎわっていた高の山公園とは打って変わり、自宅から近い人気の無い寂しい近所の公園に着いた小寿恵は、肩に担いでいた恍をおもいっきりベンチに叩き付けた。


「俺は物じゃないんだからもっと丁寧に置いてくれよ」

「おまえは人に使って貰える便利な物じゃなくて産業廃棄物なんだから、放り投げても別に問題ないだろう」

「そんな言い方はあんまりだよ……」


 小寿恵のあまりの言い方に、恍は胸にグサリとナイフが突き刺されたような気持ちになる。


「まき絵にも同じ事をしたんじゃないか?」

「…………別に、何も言ってないぞ」

「今夜、おまえとデートに行くのを楽しみにしていたまき絵が何故か涙を流して帰ってきたんだ」

「…………」

 

 小寿恵が告げた事に恍は何も返すことができなかった。


「心配になって問い詰めても、何も話してくれないんだ。――おまえ、まき絵を泣かせるような事したんだろ?」


 小寿恵の威圧感に負けて恍は高の山公園での出来事を話した。


「そんな事があったのか……、わかった。とりあえず一発殴らせろ」

「いやいや、俺は殴られるような事はしていないぞ」

「いや、まき絵を泣かせたお前が悪い。それに、アメリカ留学の事なんで黙っていた」

「それは……言うタイミングを逃してしまったんだよ」

「嘘だろ。ほんとは言うのが面倒くさかったんじゃないか?」


 一瞬目をそらした。だが、小寿恵はその行為を見逃さなかった。


「……お前という奴は、しょうがない。首の骨を折るので許してやる」

「いや、それは体罰というより処刑だよ! 俺が悪かったから処刑だけはやめて!」


 脚の関節を外されて身動きが取れない恍の首根っこをつかみ取ろうとする小寿恵に必死に懇願こんがんする。


「安心しろお前を殺しはしない。

「それってどういうこと?」


「アメリカに留学してテレビや雑誌に載るような有名な物理学者になれ! だが、もし無様ぶざまに結果も残さず日本に帰ってきた時は、この手で殺すからな。だから今はお前の命は私が預かると思え! いいな!」

「わかったよ! 約束する。おれは立派な物理学者になる!」

「よし! よく言った」


 頭がくしゃくしゃになるように激しく撫でられた。


「やめてくれよ。子供じゃないんだぞ」

「私から見たらまだチ○コに毛が生えてないガキだ」

(さすがに今はもう毛が生えてるぞ……)

「それとな。

「約束?」


 恍は首を傾げた。


「そうだ。もう一つの約束は唯ちゃんをちゃんと天童高校てんどうこうこうに合格させることだ」

「そんなの約束しなくても当たり前のことだよ」

「そうだな。もし唯ちゃんが落ちたら。その時も、お前を殺す」

「……わかったよ」


 アメリカで有名な物理学者になれなかったら殺され、唯が天童高校に不合格になっても殺させる、ある意味麻衣まいとの賭けよりもこっちの方が恐ろしい、と身を感じる。


「まあ、そういうことだ。私は明日、仕事で早い。じゃあな」

「――待って、小寿恵姐さん!」

「なんだ?」

 

 小寿恵はきびすを返し、恍に目を向ける。


「関節が外れて脚が動かないんだけど……」

「知らん! 折れてないんだから自分でくっつけろ」

「そんな、俺の身体はプラモデルじゃないんだよ!」

 

 ベンチに横たわる恍に知らんぷりして、小寿恵は公園から去って行った。


 人気ひとけの無く薄気味悪い公園で、日が昇るまで必至に脚の関節をくっつけようとしてる恍であった。

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