地球に学ぶ! 危険宇宙生命体「レプティリアン」対策。
米占ゆう
地球に学ぶ! 危険宇宙生命体「レプティリアン」対策。
え? この間の「地球旅行」について、ですって?
いやだなー、違いますよ。
目的は、「視察」。公的機関派遣のエージェントとしてのお仕事。
鋭い爪や牙に、『縦長の瞳』を持ち、その性質は獰猛で狡猾で、まさに極悪野蛮を絵にしたような、特定危険宇宙生命体レプティリアン。
そんな仇敵たる彼らとわたし達アンドロメダ星人は、もう百年にわたって戦闘を繰り広げてきたわけなんですけれども。
奴らへの対抗手段を探すための調査団。その潜入部隊、すなわちエージェントとして短期間、地球入りしたんです。そうこの間も言ったじゃないですか。
まあ、もちろん、多少は地球を楽しみましたよ? 地球独特の炭水化物過多な食事とか、やや重めの重力とか。でも、それは本当の目的ではなくあくまでもオマケ。わたしの双眸は地球上でもまごうことなく一点、レプティリアン対策のみに向いていたというわけでして。
え、それなら変な御託は結構だから、さっさとそのレプティリアン対策とやらを聞かせてくれ、ですって?
まあまあ、待ってくださいよ。『ワープ航法に絶景なし』って、言うじゃないですか。目的だけ果たせばいいって考えるのは、野暮ってもんです。
レプティリアン対策については、ちゃんと情報、持ってきましたから。
ご安心して、まずはわたしのお話を聞いてくださいって。
レプティリアン対策は、その後のお楽しみということで。
***
――さて、ここで地球という惑星について簡単におさらいしておきましょうか。地球という星は天の川銀河のやや端の方、オリオン腕の中程に位置する太陽系の第三惑星です。
この地球という星。みなさんもご存知の通り、最近発達を遂げつつある新興惑星でして、他の惑星との交流がまだあんまりないんですよ。地球人自体、まだあまり宇宙スペースに進出してもいないし。
だから異星人という概念があまり発達していない星なんですね。ということで、異星人がおおっぴらに泊まれるようなホテルもなければ、両替商もいない。
なんせ『汎用活動服』を着て普通に歩いてるだけで、奇特に思われる星ですから。ジロジロ見られましたよ。多分ファッションセンスの違いゆえなんでしょうけど。
まあそれでもお金については、クレジットカードというカード型の決済方法をハックすることでなんとかすることはできるんですが、泊まる宿についてはしかしどうにかするしかない。
いや、もちろん地球人に擬態して普通のホテルに泊まってもいいんですよ。いいんですが……やはりセキュリティの面で問題がありまして。大勢の人間がいる場合、例えば正体がバレた、やばい忘れ物をした、なんてことがあったらば、とても全員の口なんてふさいではいられません。となれば自然、情報が漏れてしまうわけです。
まだ異星人と交流のない惑星に対して不必要に情報を漏らして、政治的に大混乱、なんてことになったら、これはもうとんでもないことですからね。こういったリスクはできるだけ避けるに越したことはないわけです。
――は? 野宿? いやいや、何言ってるんですか。ありえないでしょ。わたしが女の子であるという事実を忘れないでいただきたい。
さて、それじゃあどうするかといえば、規制ギリギリの「記憶改ざん銃」の出番となるのですが。
でも、あまり強い記憶改ざんを行う訳にはいかない。記憶改ざん銃自体はあまり宇宙全体で聞き覚えの良くない道具でありますし、それに強いものはお金がかかりますからね。斥候という名目と比べても割に合わないわけです。
ということで、こういった様々に複雑な条件をクリアできるような優良物件を探さねばならない。これを地球上でやるなんてのは無茶がありますから、わたし。予め良さそうな候補を決めておいたんです。
つまり、一人暮らしで、記憶をなくしても気にならないくらいには家のことについて無頓着で、とはいえわたしが泊まれそうで、口が軽くなくて、かつ多少は宇宙人についても信じているという、そんな人物ですね。
すると一人の雄性の地球人が浮上しまして、わたしはそこを訪ねたわけなんです。
ピンポーン、と。
「はい、どちら様ですか?」
「オリエです」
「……はい? どちら様ですか?」
「あれ、手紙をだしたはずなんですけれども……」
「て、手紙ですか?」
インターホン越しの彼は、やや困惑しているご様子でした。そりゃそうでしょう。わたし別に、手紙とか出してませんし。
「それで、要件はなんでしょうか?」
「え? あの、わたくしお泊りする気満々で来たんですけど……」
「はい!? お泊り!?」
ちなみに、地球人はわたしたちと同じく有性生殖をするんですね。なので彼はさだめしドッキリしたかもしれません。アンドロメダ星人と地球人は外見もよく似ているし、声もさほど変わりません。まー、仮に手出しをしてきたら容赦なく彼我の文明力の差というものを見せつけてやろうと思ってましたから、わたしとしてはどうってことないんですが。
「いや、それはまずい。うちには泊まれないから、よそをあたってください」
「ともかく、一度出てきてくれませんか? ちょっとお話がしたいんですが」
「あぁ……はい」
そういうと彼はのこのこ玄関先まで出てきてくださいまして、
「それで、もう一度お伺いしたいんですが、あなたは一体どちら様です――」
バキュゥン!
――フゥ……。
「あの、わたくしアンドロメダからはるばる地球までやってきたオリエと申すものですが、わたくしの祖母が昔、あなたのお母さんを天の川から救い出したって話。お母様から聞いてませんか? それがご縁となって今回ここに宿をお借りすることになったのですが」
「母を? ……あぁ、そういえば……そんなこと言ってたような……」
地球人さんはさきほど撃たれたばかりの(あとは残りません。なんせ物理弾ではありませんから)眉間を少し揉むと、「まあ、そういうことなら……」としぶしぶ頷いてくださいまして。
かくして!
旅の第一ミッションである「宿の確保」は無事コンプリートとあいなったのでありました。
地球人の家はやはりモノの多い家でございました。
と言ってもかつての惑星探検家が申したような「まるで微生物が至適温度下でひたすら二分裂を繰り返したかのように騒々しい」みたいな散らかり方は彼の家にはなく。ほどよい異星趣味を感じさせてくれるような度合いに落ち着いていたのでした。
まあ、わたしとしてはほっとした気持ちが半分、残念さが半分といったところでしたかね。なんせ文明の十分発達したアンドロメダ惑星では、ほとんどホログラムでモノ自体が少ないですし、あったとしてもアンドロイドたちが勝手に片付けてくれるので、もので溢れた家で生活している人なんて、まずありえないものでありますから。
多少のあこがれはあったんですよね。物語なんかで見るような、もので溢れた家。
なので、ちょっと残念。
ただ、「本」という歴史資料ぐらいでしか見ない媒体がたくさん置かれていたのはちょっとおもしろかったです。
あとこれは誤算は誤算でも、ちょっと嬉しい誤算だったのですが、彼はなかなかのシェフのようでありまして。
マイクロウェーブを使った箱を使っていろんなものを作ってわたしに振る舞ってくださいました。まあいずれもナトリウム多め、トランス脂肪酸多めだったのは気にはなりましたが。
でもここ地球の環境はアンドロメダ惑星とよく似ておりまして、わたし達アンドロメダ星人にとってもさほど重大な害はないことはわかっておりましたから。わたし、物珍しく食べさせていただきました。
郷では郷のイトウを食べよ。あんまり体には良くないかもしれないけど、まあ。こういうときは体を痛めつけるぐらいの食べ物のほうが、思い出にも残るというものです。
さて。
それはともかく宿も確保できましたから、お待ちかね。わたしはさっそく調査に入ったわけなんです。
というのもですね、みなさまはご存じないかもしれませんが、この惑星地球、他の惑星とは比べられないほどにたくさんのレプティリアンが生息していることがわかっています。
その数、にわかには信じがたいほどでありまして。そんな惑星で、さほど文明も発達しているわけでない地球人がのうのうと生き延びているというのがわたし、不思議でならないという気持ちだったのですが。
しかし実際にですね、いざ街へ繰り出してみますと、驚いたことにその報告が決して嘘ではなく、誇張しているわけでもないということがよくよくわかってきたんです。
街を歩けば当たるくらいにレプティリアンがいる。しかも驚くべきことにレプティリアンたちは、このかなり温厚そうな地区の地球人と信頼関係を築き上げ、よくよく街に溶け込んでいるんです。
しかし、地球人も地球人ですよ。
目の前にかの獰猛な――本来のレプティリアンと比較すると小型ではあり、普段のあのゴツゴツとした爬虫類の姿は隠しているようではありましたが――レプティリアンがいるというのに、誰も気にしようとはせず、気にしたと思ったらのんきに挨拶なんかしてるくらいです。
心底驚きました。
あれが真の共生と言ったところなのでしょうか。地球という惑星は文明が近年急速に発達しつつある新興の惑星ですけれども、ことレプティリアン相手に関しては、宇宙のどこを探してもここよりも優れた星はないんじゃないかと思います。
いや、もちろんレプティリアンが完全に人間と友好関係にあるわけではありません。
スキを見せた人間が共生関係にあったレプティリアンから襲われたり、食われてしまったりという事件は地球でも多数起こっているようです。
でも、そうは言っても、それも例としては少ない話なのでしょう。
まちなかを行く地球人はレプティリアンを見ても表情ひとつ変えず、行き交っていく。そんな光景は他の惑星ではまず滅多に見たことがありません。
わたしはあまりに気になりまして、宿先の地球人に話を聞いてみることにしました。宿先の彼はまだ完全に心を開いてくれているわけではありません。彼は一体何を言っているんだ、と、そういう目をしながら必死に情報を引き出そうとするわたしのことを眺めておりました。
しかしですね、やがてふと、なにかに得心を言ったような顔をすると、こう教えてくれたのです。
「あぁ、なるほど。やつらは地球ではアイドルなんですよ。天下無双といってもいいくらい。地球上のほとんど誰もがやつらを愛しているんです」
そういう彼の目がわりと本気だったので……わたしはちょっと引きました。
レプティリアンがアイドルだなんて……(ドン引き)。
加えて頼んでもいないのに彼は自身の携帯端末の画面をわたしに押し付けてきたのですが、それを覗いてみますとそこにはもう、あるわあるわ。レプティリアン関連の動画がたくさん出てきまして。
いえ、この感覚。
なかなか地球以外の人間には受け入れられないものかと思いますよ。
少なくとも奴らの狡猾さに散々悩まされてきた星の人間にはね。わたしには無理です。散々奴らには頭を悩まされてきましたから。
レプティリアンを愛でる!
それならわたしは火星人のほうがよっぽど可愛いと思いますね! たしかに好戦的ではあるけれども、ちょっとおバカだし。(あ、これはポリティカルにコレクトではなかったかもしれません)
そんなことを地球人に伝えてみますと、彼は苦虫でも噛み潰したような顔をしていました。でもわたしが言ってることはそんなに間違ってないし、きっと彼は本当に苦虫を噛み潰していたんでしょう。間違いありません。ええ。
ま、でもそんなことは特に問題ではありませんで。その場はそれでおしまいになりました。
夕食はまたも彼がマイクロウェーブの箱を使って作ってくれまして、あつあつの地球性陸上植物を賞味いたしました。
ある程度発達した知的生命体の常ではあるものの――地球人たる彼らが生命体なら割合なんでも食べられることは周知の事実でありますけれども、どうも調べた限り、彼らはこの地球性陸上植物を主として食しているようです。
栽培できるものを主食とする性質は我々と同じようでして。調べれば調べるほど文明にはさほど多様性はないのだなと実感いたしました。
ま、それはともかく。
その日の夜のこと。事件が起きたのです。
本部への報告書をざっくりとまとめ終えたわたしは、宿主たる地球人のベッドを実力占拠しまして、「宇宙人なのにベッド使うのかよ」と愚痴る彼をロフトに追いやり、それから枕元に護衛用の空気銃をわざと見せびらかすように置きまして、布団にするりと潜り込んでおりました。
正直言ってそのベッド、さほど寝心地のいいものではありませんでしたね。やっぱりみなさん。上質な睡眠はカプセルにまさるものはないと言った感想ですよ。わたしたちは実は、こと睡眠に関しては非常に恵まれた環境にあるということを自覚しなくてはならないのかもしれません。ああこの類まれなる睡眠を与え賜う運命に感謝。
そんなわけでわたしは五分に一回くらいのペースでゴロゴロと寝返りを打ちまして、そのたびにベッドがギイギイ音を立てていたのですが、それを12回くらい繰り返した頃でしょうか。
バン!
バシッ!ガリガリガリガリガリ……。
何者かが外から窓を乱暴に叩くような、そんな音が聞こえてきたのです。
――一瞬わたしは宇宙警察がやってきたのかと思いました。
というのもわたし、かりにも安価で弱いものだったとはいえ、文明新興惑星に記憶改ざん銃なるブツを持ち込み、あまつさえ一発ぶっ放してしまったわけですから。やもすると罪に問われかねない、ぐらいの自覚はあったわけです。
でも、それにしては音の鳴っている場所が低い。それにそもそも宇宙警察ならそんなまどろっこしいことなんかせずに、直接ワープホールかなんかで乗り込んでくればいいわけです。
じゃあ一体なんなのか。わたしが少々不安に陥ったとき、窓の外からこんな声が聞こえてきたのです。
「ウラァァアアァァウラァァァアアアア(意訳:開けろ! わたしが来たのだぞ! 開けろ!)」
「ウロォォォウロァァァァアアア(意訳:おい、開けろ!)」
「オォォゥゥウアァァアアアア(意訳:開けろ!)」
それは――多少わたし達が普段知っているものよりは甲高いものでしたが――まごうことなく彼らの言葉でした。
そう、レプティリアン語です。
それも一匹ではない。三匹、いや、それ以上か――ともかく複数のレプティリアンがいることは間違いないでしょう。
わたしは枕元に置いた空気銃にそっと手を伸ばしました。
ガリガリ。ガリガリガリガリ。
カーテンの向こう側にいると思われるレプティリアンはその凶悪な爪で窓を容赦なくひっかきます。もし我々が知っているレプティリアンと同じくらいの力が奴らにあるとすれば、もうじきこの窓は破られてしまうことでしょう。
わたしは緊張と――それから少しの怯えから、息もつまりそうな気分でした。やめとけばよかっただろうか。そんな思いが頭をよぎります。
と、そんなときでした。
トントントン。
この家の宿主がロフトから降りてきました。はて、なにをするのかとわたしが訝しんで見ているとそのまま、窓の方に向かって歩いていきました。
それも寝ぼけ眼で。
わたしはあっけにとられまして。ただボーッと見ていることしかできなかったんですけれども。
かの宿主はカーテンを引くと、手慣れた手付きで窓の鍵を開け。
――そして目を疑うべきことに――
その窓をからりと開けたのでした。
「――なんだおまえたち。こんな夜更けに」
「にゃー」
レプティリアンとそんなのんきな会話をすると、彼は窓を開けてレプティリアンたちを中に呼び入れまして。――って、いやいやいや!
「こ、こんなにたくさんのレプティリアンを! いったいあなたはなにをしているんでs!? いったい舌噛んだ!」
「一体どうしたんだ。おちつけ。ただの『ネコ』だぞ」
彼はそう言うと「よ~しよしよし」なんて言ってレプティリアンを撫で回して、さらには転がして遊んでいます。レプティリアン側も満更でもない様子でして。
あれあれ? え? あたしなにか間違ってる?
縦長の目、持ってるよね? やつら。レプティリアンだよね? なのになんでここ、こんなに平和空間なの? もしかして奴らって、そんなに危険でも――。
――いやいやいやいや、ぶんばぶんば。
奴らを軽く見くびってはいけません。
ほら、聞いてください! レプティリアンはあの意味が解明されていない喃語のようなゴロゴロいう言葉を今発しているじゃないか!
一部の論者によると、あの喃語は高度に暗号化された言語であって、レプティリアン以外には聞かれたくない言葉をやり取りするために使用されているのだとか! だとすれば奴らはきっとこの場で獰猛な犯罪や血の気のよだつ殺戮計画について話し合っているに違いないです。
ああなんて恐ろしい! 恐ろしいんでしょう、レプティリア
「そうだ、ちょっと待ってろ」
わたしははっと彼の方を見ました。いえ、正確にはわたしが見たのは彼の背中でした。
「ちょ、ちょ、ちょっと!」
「?」
彼がひょい、とこっちに振り返ります。
「どうした?」
「え、いや、あの……えと……」
いかないでほしい。
そうわたしは心の底から叫びたかったのですが、しかし。文明惑星としてのプライドがそれを阻みました。いやだって、なんかもう恥ずかしいじゃないですか。そんなの。
なんでわたしは目で訴える作戦に出まして。ほら、察して! ね、ほら! 女の子がなにか目配せをしていたら、そこにある意味を察するのが、モテる男の仕草ですよね!?
が、彼は。
「?」
残念ながら、「モテ男」属性とはさっぱり縁のないご様子で、そのままわたしの声も無視して部屋の外へ出てしまいまして。
あ、あぁ……。
わたしはゆっくり後ろを振り返りました。するとそこには、無数のレプティリアンたちが、顔を上げてこちらを見ています。
ぞくり。
わたしは唾を飲み込みました。レプティリアンはこちらをしげしげと眺めつつ、「にゃぁ~」とこちらに声を発します。
来るな。来るなよ。
わたしは隠し持った空気銃を握りなおすと、そう心の中で呟きながら、じっとレプティリアンの目を睨みます。そう、できるだけ迫力をもって。こういうときは気圧されたほうが負けですかr「にゃー」うわやばいこっちむかってくるどうしよううわどうしよう蹴っ飛ばしたらいいのかなあああああ、ちょっと、だめ、死んだ――!
「ほおら、おまえたち。お目当てのものを取ってきたぞお?」
そのときでした。
いつの間に戻っていたのか、ここの宿主たる彼はそう言うと、なにやらか小さな袋を掲げておりました。するとレプティリアンたちが一斉に彼のほうを向きます。
「にゃー!」「にゃー!」
「よおしよし。まあ、待て待て」
そういうと彼は袋の封を破き、破いた先をレプティリアンたちに差し出します。
「ほら、ちゅーるちゅーる」
そのとき、袋の口からはペースト状の物質が押し出されてきまして――。
……みなさん。これは驚くべきことでしょう。わたしはその光景に心底びっくりしてしまいました。
というのはですね、彼、なにをやろうとしているかと言いますと。なんと、あのレプティリアンたちに餌付けをしていたのでありますよ。
あの気性の荒いレプティリアンにですよ。餌付けなんて、そんな、うまくいくはずがない……。
「にゃー!」「にゃー?」
「はい、〽ちゅ~るちゅ~る、CIAOちゅ~る♪」
「にゃー!」「にゃー!」
……。
なんだこれ。なんなんだこれ。
わたしはごしごしと目をこすってもう一度その光景を見ました。まるで動物園を思わせるようなその光景は、それくらい訳の分からない状況でした。
大体この地球人はなんだってレプティリアンに向かって歌なんか歌ってるんでしょう。それにレプティリアンたちも彼に対して、妙に猫なで声を出しているわけです。おかしい。おかしい。え、どういうこと? もうわたしなにも信じられない。
「あんたもやってみるか」
「いえ、わたしは結構です」
「……ずいぶんとねこが嫌いなんだな」
彼の誘いを無下に断ったわたしをしり目に、彼はなおもレプティリアンに対してその「CIAOちゅーる」なるものをやり続けています。
わたしはその様子を熱心に観察いたしまして、はたと気づいたんです。
これだ。これですよ、みなさん。
地球人がレプティリアンとうまくやっている理由は。
このちゅーるこそ、間違いありません。わたしが探し求めていた地球の秘密に違いないのです。
……ふぅ。はやる気持ちを抑えます。もしかしたら、これは我々アンドロメダ星人だけでなく、宇宙全体にとっても大発見になるかもしれません。
震える手に力を込め、わたしは左手の空気銃をしっかりと握り直します。
「お、全部食べたか。よしよし」
わたしは、一袋分を上げ終えてさらにもう一袋破こうとしている彼のこめかみに向かって、
銃を突き付けました。
「宿主さん」「な」
無論、それは殺傷能力のない空気銃。ですが彼はひどく驚いて、新しく封を切ったばかりのちゅーるを落としてしまいました。
中身がすこしばかり床にこぼれ、それを求めてレプティリアンたちが集まってきます。こんな状況だと言うのに、みんなちゅーるに夢中です。それほどの、麻薬的効果があるということでしょう。このちゅーるには。
「な、なにをするんだ」
「このような手荒な真似になってしまい、申し訳ありません。ですが、我々にはあまり余裕がないのです」
「どういうことだ……」
彼は体を一ミリも動かさず、しかし目はわたしの顔と空気銃とを行ったり来たりさせています。そうとうビビっているようです。
「端的に条件を申しつけます。それが叶えられるなら、あなたを悪いようにはしません」
「い、言ってみろ」
そんな彼の言葉にわたしは軽く頷き、それから唇をちょっと舐めてから言いました。
「その『CIAOちゅーる』を、あるだけわたしによこしなさい。それが条件です」
「は」
「いいからはやく」
彼は何を言われているのか釈然としないような顔をしながら、しかし指示には従順にポケットからちゅーるの袋をまた一つ取り出しました。
「おまえの言う『CIAOちゅーる』って、これでいいのか?」
「そうです。それを早くわたしに」
「はあ……。まああんた、宇宙人だからな……」
彼はそう言うとしぶしぶ袋の口をペリ、とあけまして。ってあれ、開けなくてもいいんだけど……一体どうしてそんな手間をっておいこら、ちょ、待っ、やめろ――!
〽ちゅ~る、CIAOちゅ~る♪
……どこかでそんな歌が聞こえた気がしたのでした。
***
もちろんそのあとわたしは彼を空気銃で打ち滅ぼしました。ただし非常に残念ながら空気銃では威力が足りませんで、代わりに持って帰れる分めいっぱいのちゅーるを見繕ってもらうことで手打ちにしたわけなんですが。ちなみにそれによって彼は、今月のバイト代がふっ飛んだなどと言っていましたが、知りません。ともかく大切なのは、かくしてわたしが今、このちゅーるをまさにここに持ってきているということなんです。
ちなみにこのちゅーるですけれども、間違いなくこのアンドロメダ惑星に、そして宇宙に平和をもたらす鍵となるものですからね。今は早速鑑識に持ち込みまして、鑑定をかけているところです。なんでもその組成は思ったよりも複雑ではなく、すでに模造品であれば大量生産ができるくらいには解析が終わっているそうで。まあ、アンドロメダの文明力にかかれば、こんなものですね。
ただ、物事には簡単なものと難しいものが常につきまとうもので、あのちゅーるの一体何がそこまでレプティリアンたちを惹きつけるのか、という謎はまだまだ暗中模索といった状態のようで。何事もそうですが、「なぜ?」を突き詰めるのは困難極まる、ということなのでしょう。
さて、それではこのような大変なお手柄お上げたワタクシはいったい何をしているのか?
答えは、ただいま絶賛休暇中でして。日々の疲れを癒やしながら、サングラスをかけて、ゆるりぶらりと惑星外をドライブ中といったところなのですが。
いやー、いいですね。お給金も手当込みでバッチシもらえましたしね。加えて評価も上がって、いいことづくめです。こんなときはちゅーるを食べたくなるね。
え、なんですか? お前もちゅーるを食べるのかって?
いや、まあ。ねえ?
……正直地球で食べた食べ物、味は良くても若干ナトリウムが多いな―と感じてたんですよね。その点、ちゅーるはナトリウム抑えめですから、大変よろしい。多分我々の味覚にも会うんですね。きっと我々の惑星でも近々一大ブームになるはずですよ。ええ、間違いないでしょう。わたしが太鼓判を押します――って。
……ん?
あたしはついサングラスを外して、モニターを注視してしまいました。
なんだ、このいっぱいの点は――。
点――この緑の点は――。
――レプティリアン!?
え、ちょっとまって。どういうことです? なんか宇宙の全方向からわたしたちの星に向かってレプティリアンが進行中なんですが。
全宇宙規模での包囲作戦? 空前絶後のアンドロメダブーム? いいことのあとには必ず悪いことがおきる?
ハッ。まさか――。
わたしは右手に握ったちゅーるを見ました。つい強く握り込み、中身が幾分床に溢れてしまったその赤い袋の上では、白くてもふもふしたレプティリアンが(レプティリアンらしからず)目を丸くしてこちらを見ています。
なぜ、地球にレプティリアンが多いのか――。その理由。
魯鈍なことにわたしはその理由を滞在中、一度も考えようとはしませんでした。ただ、レプティリアンをどうにかしたいという意識ばかりが強かったがために。
しかし、もし因果が逆であったとしたら? レプティリアンをなんとかするためにちゅーるがあるのではなく、ちゅーるがあるがゆえにレプティリアンが進行してきたのであるとしたら?
「主任!」
わたしは急ぎ連絡機の前へ向かい、震える手でちゅーるを預けた研究所に電話をかけました。ハイハイ、とのんびりした声を上げる主任に、わたしは一方的に怒鳴りつけるように声を投げました。
「今すぐちゅーるを焼いてください。それか宇宙の彼方に捨てて! じゃないと大変なことになります!」
「はい? それはどうゆう……」
「どうもこうもないですよ! 今モニターに……!」
そのとき。
ぴちゃ。ぴちゃぴちゃぴちゃ。
――嫌な予感がしました。
「モニター? モニターがどうしたんです?」
そんな主任の声も無視して、わたしはゆっくり、操縦席の方に向かいました。
ぴちゃぴちゃ。ぴちゃぴちゃぴちゃ。
操縦席の前。床にこぼれたちゅーるの塊を前に、二匹の小さな物体が、もそもそと動いていました。
片方は、ゴツゴツとしたレプティリアンの幼体。
そしてもう片方は、地球で見た、小柄なレプティリアンの一種――ネコ。
わたしが歩くのをやめたとき、彼のうち一匹が私の存在に気が付き、顔を上げ――そして。
わたしの右手に、その袋が握られているのを見ました。
「ナァァァアアアアアアアアァァァァァウゥ」
その奇妙な鳴き声が終わるか終わらないかの、瞬間。
近くにある窓ガラスがバシリ! と不吉な音を発しました。しかも一度ではなく、何度も、何度も。
わたしは目をそらしたい気持ちを抑え、そちらに視線を移したのですが。
……嫌な予感とは、やはり現実となるものです。
というのもですね、その窓の外。
色も形も大きさも異形さも……。実に多種多様なレプティリアンたちがびっしりと張り付いていたのでありますから。
地球に学ぶ! 危険宇宙生命体「レプティリアン」対策。 米占ゆう @rurihokori
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