土地神と巨人と戦闘①








 失敗した。



 彼女、土地神ハルは松原の中で後悔と焦りの念に潰されそうになりながら目の前の身丈3.5mはあるであろう人型の魔物と切り結んでいた。


 敵は大陸からの越境者。ここ松原町は大陸に比較的近い位置に存在する為に、こうした招かれざる客が海を越えて来る事がある。


 この松原は防潮防砂の他に、そういった海外からの侵略者を内地に進入させないために造られた歴史があり、土地神の力により広大な結界が内包されているのだ。


 海岸線に近づいた魔物や魔術師を問答無用で結界内部に跳ばす仕組みがあり、問題がある者を結界内で人知れず処理する事ができる。


 そして、今回もその機能は遺憾なく発揮され、侵攻してきた魔物たちを漏らす事無く結界内閉じ込める事には成功した。


 だが、問題はその数。こちらの最大戦力数が百いるかどうかという中で敵は優にその数十倍の数で松原町に押し寄せていた。


 それは、明確な侵略行為。何者かが松原町に目的を持って軍勢を差し向けたのは明白。


 こんな片田舎の小さな町に何故?誰が?何のために?


 その疑問に対する答えを土地神ハルは心当たりがあった。だが、それは知る者はハル以外に片手で数えられるほどしか存在しない最重要機密。

 その中の誰かが漏らした可能性は否定できないが、同時に限りなく有り得ないと言い切れる程に信を置ける者達であり、その事実がハルを混乱させる。


 近隣の土地神の助力も借りて行われたその闘争の規模は最早戦争と言える程膨れ上がり、非戦闘員の妖魔や現役を引退した魔術師も狩り出して応戦する事となった。


 結界内部は時間の流れが外の世界よりも遅く、さらに土地神の許可かあるいは通行証という魔導具がない限り出る事は基本脱出不可能。


 敵に逃げ場はなく、こちらは強固な補給線をもって戦線を維持しつつ最高戦力をもって叩き潰す手筈だった。


 だが、結果として現状は最悪中の最悪。敵は土地神の側近達の意表を突きハルだけを結界外に連れ去り、彼女は窮地に追い立てられた。


 敵は一匹、巨大な包丁を持つ漆黒の巨人。


通常であれば勝てると断言できる相手だが、現在のハルは連戦続きで体の動きか鈍く、傷も酷い。更に周囲に気付かれないよう配慮しながら巨人が松原の外に出ないように立ち回る必要がある。


 助けはしばらくこない。結界内との時間差による影響は勿論、本来であれば結界外を監視する部隊もその多数が前線維持に持っていかれているからだ。


「こいつ!!?」

「GAaaaaaaaaaa!!!」


 巨人が刃を振るえば周囲の松はバターのように滑らか切断され、大地を踏み込めば地鳴りが起き、拳を振るわば暴風が吹き荒れる。

 ハルは只管に受け流し、避け続け隙を伺う。だが、先ほど腹に蹴りを入れて以降なかなかソレを見せない。


 上手い。ハルは巨人の技量に眉を顰めると同時に、ならば尚のこと先の不審な行動に理解ができずにいた。

 何故、巨人はあれほどの隙を見せてまであの少年を襲ったのか。

 その行動の真意を察する事が出来ず、思考が引っ張られるのだ。


 余計な事は考えるな。


 ハルは自分に言い聞かせる。そんな余裕は無いと焦りを抑え込むために苦心する。

 だが、その必死の思考も空しく動揺は収まることを知らず…………それを巨人は見逃さなかった。


「GUAAAAA!」


 巨人は大地に爪先を突刺すと、そのまま勢い良く蹴り上げた。

 魔力が込められた大量の土砂の礫は至近距離で手榴弾が炸裂したかの如くハルを襲い、傷付いた体を更に痛めつける。だが、それ以上に春を苦しめたのはーーーー


「しまっ…………」


 巨人はハルの顔面目掛けて土砂を蹴り上げた。その結果、彼女の視界は闇に包まれ巨人の姿を一瞬見失う。


 そして、その一瞬が命取りであった。


「っっ!!?」


 距離を取り視界を回復しようと顔面を拭いながら跳び下がるハル。しかし、その行動をとると確信していた巨人は距離を詰め包丁を振り上げた。


 回避不能。それでもハルは直撃だけは避けようと刀を盾にし斬撃を受け止める。だが、巨人のその恵まれた膂力をもってハルをピンボールのように弾き跳ばす。


 空中に身を投げ出されながらも、なんとか体勢を立て直そうと猫さながらに身を捩る。だか、完全に姿勢が整う前に松の木に打ち付けられた。


「くはっ……」


 あまりの衝撃に肺の中の空気が押し出されたような感覚と共に息が吸えず呼吸困難に陥るハル。

 地面に落下し倒れ伏すが、本能が危機を訴え、呼吸を整える間もなく横に飛び退く。

 すると、先程までハルがいた位置に包丁が叩き込まれた。


不格好な体勢で転がり、その勢いを使って体を起こすハル。愛刀は吹き飛んだ際に何処かに飛んで行ってしまい手元にない。


 魔力で自身と刀を紐付けしている事で手元に引き寄せる事自体は可能だが、それよりも護身用に所持していたリボルバーを抜いた方が速いと判断し腰のホルスターへと手を伸ばす。


 だが、その手はそこにあったはずの銃器ではなく、空を掴みすり抜けた。


「嘘っ……!?」


 恐らく先程の衝撃でホルスターが破損し、中の銃もどこかへ吹き飛んだのだろう。


 丸腰となったハルは、巨人と距離を取りつつ、急いで刀に結んでいた魔力の線を手繰り寄せる。


 だが、ダメージと疲労が溜まりきったハルの足では巨人を相手に距離をとるなど不可能。

 巨人は刀が舞い戻るよりも速くハルの懐へと駆け、包丁を持たぬ左手で首を掴み、地面へ再度叩きつけた。


 拙い。ハルは巨人の手を掴み引き剥がそうと藻掻くが、巨人はそれを意に返さず右手の包丁を振り上げる。


 そして、その凶刃が振り下ろされようとしたその瞬間、軽い銃声と同時に巨人の首を一発の弾丸が貫いした。


「Gu!!!?」

「何っ!?」


 意識外からの攻撃に驚く巨人。


今しかない。そう思ったハルは精一杯力を込めて巨人の手を振り解き、刀を手にして斬りつけた。


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