土地神アイビーハート~猫神なりてはニャアと鳴く~

渕ノ上 羽芽

プロローグ 松原と血と雨に



 大粒の雨降り頻る七月の夜、場所は人の気配が無い松の生い茂る人工林。


 街灯の類は無く、月明かりすら松の葉で遮らた闇の中で俺、鷲尾わしお一茶いっさは泥と松葉に塗れ、風穴の開いた腹部から夥しい血を流しながら倒れ伏していた。


 痛みは無い。だが、腹に空いた大穴から血が止まる様子無く流れ出ており、それが雨で薄まりながら地面に吸い込まれていくのを、ただ茫然と眺めていると、体が芯から冷えていくのを否応なしに感じてしまう。


 どうして、こんな所で倒れているのだろう?



 意識が霞み、現在に至るまでの状況が思い出せず、ふとそんな疑問が頭に浮かぶ。

 どうにか辺りを確認しようにも四肢に力が入らず、首も動かすこともできない。


 だが、唯一視界は動かすことができた。

 目は既に夜闇にある程度慣れており、管理が行き届いた松原は雑草の類が綺麗に刈られている為、横に伏している状態でもある程度は確認できる。


 とはいえ、視界に映るのはそう多くない。

 無造作に折られ斬られた松に、巨大な生物の死骸。


 そして、倒れ伏す猫耳の生えた黒髪の少女。


 最初は幻覚か何かだと思ったが、それも一瞬。直ぐに、彼女の存在は現実のモノだと少しづつ霞が晴れてゆく脳がそう訴えてきた。



「す、まない……ぜんぶ、ボクのせいだ。ボクがもっと強ければこんな事には……」


 少女は俺と同じく………いや、俺以上に重傷だった。なにせ上半身と下半身が泣き別れしていたのだ。

 動けるどころか即死していない事自体が不思議なほどの重体だが、彼女は懺悔の言葉を吐きながら大粒の涙と脂汗を流し、歯を食いしばって僕の傍に寄り添い手を握ってくれた。

 雨に濡れ、血を流し過ぎた俺達の手は共に嫌に冷え切っている。

 生熱い夏の夜雨の中仄かな心地よさと、命の冷めていく感覚を手の平を通して同時に感じて、「はぁ」と小さく息を吐いた。


 違う、君は何も悪くない。


 そう言葉は彼女に伝えようとするも、息がつまって声に出せない。

 だから、俺は彼女の手を握り返す事で意識がある事を伝える。


「っ……………………!!」


 彼女は驚いた様子で顔を上げ、俺の顔をまじまじと見た。

 そして、目と目が合う。美しい深緑色の瞳だ。差し色の陽光の様な黄色も相まって覗いているだけで、木漏れ日の揺れる深い山道を歩いている様な穏やかな気持ちになる。

 だが、いまその瞳は涙で潤んで揺れていて、本来の美しさが掠れているように感じてしまった。


 泣かないで欲しい。


 場違いだけど、切にそう想った俺は気力を振り絞り、右手を上げて彼女の頬に触れる。


 少しでも、彼女を安心させたかったからこその行動だったのだが、彼女は喉を震わせたかと思うと、大声をあげ更に泣き出してしまった。



「どう、して!……そ、んなに優しいんだよ!」


 泣きやますつもりが、更に泣かせてしまった。罪悪感が俺の胸をチクリと突き刺す。

 だか、俺に出来る事は何も無い。もう、体を動かす事も、声を出す事も叶わない。


後はただ果てるだけだ。非情で無様で悲惨な現実。


 本当にどうしてこうなってしまったのだろう。


 俺は霞む意識の中、今日の午後の出来事を振り返った。














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