第一章 選定の儀①
ヴルーヘル学院には『王子様』がいる。
長い手足に、
足音を立てずに
目の前で女性が
「
その瞬間、どこからともなく黄色い声が上がる。
『王子様』の名は、セシル・アドミナ。
十七歳になった公爵令嬢、セシリア・シルビィの仮の姿である。
「うーん。なんで、こうなっちゃったかな……」
セシルもといセシリアは、学院にある温室のベンチで、ガラス張りの
校舎のはずれにある温室には二人以外の姿はなく、『王子様!』と女生徒から追いかけ回される彼女にとって、そこは学院内
「私はただ、目立たずひっそりと学院生活を過ごしていきたかっただけなのに、なんで『王子様』だなんて……」
「それは、姉さんが
「うぐっ!」
バッサリと切り捨てるような言葉の
セシリアに
ギルバートは
「今朝だって『怪我はないかい、お姫様』って、何あれ。あんな歯の
「いやだって、私が本当は女だって気付かれるわけにはいかないでしょう。だったら、普通の男の人よりも男らしく
「あれが『男らしい』……?」
「私の前世、十八年間の
「……原因はそれだよ」
ギルバートは再びぴしゃりとそう言い放った。
セシリアの前世、
彼女はお
部活は演劇部に所属しており、仲間たちと日々
『ヴルーヘル学院の神子姫3』も、ひよのが当時やっていた乙女ゲームの一つである。
「で、本当に姉さんが
「え、ギルって私のこと
「んーん、大好きだよ。ただ、姉さんみたいに
「
『ヴルーヘル学院の神子姫3』というゲームは、その名の通り『ヴルーヘル学院の神子姫』シリーズの第三作目である。
この世界には、人々を守り導く『神子』という存在がおり、彼女の発言は国王でさえも無視できないほどとされていた。
平民として育った主人公リーン・ラザロアと、
「私も選ばれないなら、選ばれない方がいいって思っていたんだけど……」
「なに、そのもう
「
セシリアが言わんとしていることがわかったのか、ギルバートは
神子候補になった人間にはある
ゲームでは主人公であるリーンが、自分の手の
リーンが転入してくるのは、おそらく今日だ。ゲームでは『高等部の入学式から一週間後』とあった。なので、リーンの手の甲には、昨日の夜に痣が浮かび上がっているはずである。
「じゃ、姉さんが神子候補なのは、もう確定なわけだ」
「そうなの! ──ということで、フォローお願いします!! もう本当に、ギルだけが
「あぁ、もう、わかったから! ちょっ、
子供のころのように安易に
主人公の敵役となるセシリア・シルビィの末路は悲惨なものだ。基本的にどのルートでも死ぬことになる。ノーマルルートでも、
だから、セシリアは男になることにしたのだ。基本的に男は神子になれないし、男になることでセシリアはモブキャラに
しかし、セシリア一人でできることには限界があった。
あらかじめ学院に手を回したり、病弱なふりをして社交界に出なかったり、父親の仕事を手伝い、いざというときに使えるお金を
なので、セシリアは義弟のギルバートに協力を
いきなり『前世』とか『ゲーム』とか言い出した義姉を笑うことなく、『じゃ、俺は何をすればいい?』と切り返してくれた彼には、いくら感謝してもしきれない。
口は悪いが、本当に義姉
抱きついてきた義姉を押し返し、ギルバートは
「それよりも、リーンが姉さんのクラスに転入してくるのは今日なんでしょ? じゃあ、早く教室に戻っておいた方がよくない?
「あ、うん。それはそうなんだけど。でも、そろそろ……」
セシリアがそう言って顔を上げた
予定がきっちり決まっている学院内で、こんな風に放送を使い、全生徒を集めようとするのは
「これってもしかして始まった感じ?」
「うん。多分ね」
ギルバートは、頰を引きつらせるセシリアを
「ま、行ってみよう。隠れていても何も始まらないし」
「そうね」
二人はベンチから立ち上がり、そのまま温室を出るのだった。
そんな彼らの後ろ姿を見つめる一つの
「ふふふ、ギルバート様みぃつけた」
可愛らしい声を
「あぁ、やっとこの日が来たのね。すごく、すごく、待ち遠しかったわ」
その頰は
少し
彼女の名は、
ゲーム『ヴルーヘル学院の神子姫3』のヒロインである。
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