第4話 後藤

僕と後藤は昼食を取りに会社の近所にある古びた洋食屋に来ていた。

店内はがらんとしており、年老いた店長と奥さんらしいウエイターが

僕と後藤を気にせずTVのバライティ番組を口を空けたまま眺めている。


「どうしたんだよ。佐藤。ボーっとしてんぞ」


後藤が口元のミートソースを紙で拭いながら不思議そうな顔で僕を見ている。


「なんでもないよ。ちょっと寝不足なのかも・・・」


ほとんど口にしていないミートソーススパゲティが

ギトギトした油の光沢を放っており僕は吐き気を感じながらも口に運んだ。


昨夜の事、神と名乗る老人が悲しい顔をした後、満くんじゃないとダメなんだよと

消え入りそうな声で呟き、煙の様に静かに消えた。


もしかしたら、夢だったのではないかと疑ったが

男性が使用していた湯飲みがテーブルの上に置いてあり

現実で起こった事として物語っている。

暫く僕はその湯飲みを見つめていたが、それから少し考えた。


孤独死。


割り切ってはいたが、実際に待ち受けていると思うと僕はショックだった。

孤独死といっても死因は色々あるだろう。

僕は苦しんで死んだのか。

何を感じ、何を想って死んだのか。

誰が何を想い、どこかで誰かが悲しんでくれただろうか。


自分がこの部屋で亡くなっている様子が頭に流れ込んでくる。

その様子がとてつもなくリアルで胸が強く締め付けられた。

僕はなんでこうなってしまったのだろう。

やりたいことだって夢を見たことだってあったはずなのに

それもうまく思い出せない。


「おいおい大丈夫か?寝るの遅かったのか?良くないぞ。睡眠時間はコンスタントに確保しないと」


「そうだね」


なんとかミートスパを平らげたが、喉元辺りまで戻ってくる感覚に襲われる。


「まぁ仕事も暇だし、午後から寝ればいーんじゃね」


「そうしようかな」


「部長もそこらへん解ってくれるし、緩い職場サイコーだよな」


「・・・後藤さ、聞いていいか」


「どうしたー」


「現状に・・・満足してる?」


後藤が少し驚いた顔をした後、煙草に火を付けた。


「満足だね」


「そうか」


「だってそうだろ。仕事はしなくても出社するだけでそれなりに稼げるし、上司は羽振りが良くてキャバクラだって頻繁に行ける。不満なんてないさ。寧ろラッキーよ」


爽やかな笑顔で後藤が笑う。

後藤は今まで好きなことを何でもやってきたと、以前話してくれたことがあった。

行きたい場所があれば、どんな遠征も苦にならず飛び周れるし、好きなことの為なら金も時間も惜しまないと、キラキラした瞳で語っていた顔が脳裏に過る。


「そうだよな。こんな良い環境中々ないよな。それに後藤は友達も多そうだしプライベートも楽しくやっているよね」


「まあね」


「羨ましいよ」


僕は神様の「きっかけ」を受けない事に後悔しているのかもしれない。

酷くなる吐き気と頭痛に襲われ思わず目元を抑えた。


「ん?んー・・・。本当に大丈夫か?早引きした方がいいんじゃないの」


「大丈夫」


「あまり無理するなよ」


「ありがと・・・。後藤から見て、僕は幸せに見える?」


後藤が僕の言葉にまた驚いた顔をし、たばこを吸いこむと煙をゆっくりと吐いた。


「幸せに見えるよ」


「そうか。僕は幸せだよな」


「んー・・・。いくらオレが佐藤の事を幸せそうに見えても、それは違うだろ。逆もそうで幸せそうに見えても、本人はすっげー不幸かもしんねーよ」


「後藤は幸せそうに見える不幸な人なのか?」


「オレは幸せそうに見えるし、実際に幸せ」


後藤がニコニコ笑う。


「それは羨ましいよ」


「そうか?まぁやりたいことやってるし、やりたくないことはやってないしな」


後藤がそういって席を立ちあがり会計を済ました僕らは洋食屋を後にした

僕は吐き気と頭痛に耐えながら、後藤と並んで会社を目指す。

外は肌寒かった。紅葉が綺麗に見えるこの季節だが

散っていく葉が酷く切なさを感じさせる。

俯いている僕に後藤が言った。


「やりたいことって簡単なところに落ちているんだ」


後藤が僕の気持ちを汲み取ったのか解らないが、いつもより後藤の口調が優しい。


「好きな人がいればその人と一緒になりたい。好きな食べ物があれば

それを誰かに勧めたい。気持ちを共感してもらいたい。そういうことってないか?」


僕の脳裏にコンビニの新藤さんの優しい横顔と海外の炭酸飲料が浮かんだ。

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