第2話 至福の時

平穏な日々、いつもの上司と同僚、いつもの帰路、変わらない風景。

そして自宅のアパートで好きなアクション映画を観ながらお気に入りの炭酸飲料で喉を刺激する。この一時が至福で幸福を感じる。


世間から見たら僕はきっと詰まらない人間なのかもしれない。

恋人もいなければ、趣味もなく、仕事に情熱もなく、人生に目標もない。

休日は自室に篭りダラダラとTVを見て時間を潰す堕落した生活を送っていた。

この先の人生プランも楽観的に考えており、老後なんてどうなるか解らないけれど

趣味がないお陰で貯蓄はそれなりにあるので何とかやっていけると思うし一人で過ごす時間にも慣れているので平気だった。

だが、そんな僕にもふと寂しくなる時があった。


つい最近の事、風邪を引いてしまい3日間高熱と頭痛に悩まされたことがあった。

外出をする元気も無く、食欲も無い為何も口に出来ず

ただただ冷たい布団に包まり安静にしていた。

大量の汗を流し、悪寒を感じ始めた時

何か悪い病気でこのまま死んでしまうのではないかと孤独死を意識した。

オーバーだと今になって思うが心細かったのだ。


心底孤独を感じた。


一人っ子で両親も他界している身寄りのない僕は本当に一人だと感じ

ニュースや新聞などで取り上げられる僕の孤独死が脳裏に浮かんだ。

しかし、なんなく熱は引き風邪は完治した。

完治後、安堵している自分とは別の自分が仮に死んでしまったとして

も特に思い残す事もないだろうと、呟いてから自分の中で何かが吹っ切れていた。


アクション映画のエンドロールが流れ、瞼も重くなってきている。

コンビニで買った炭酸飲料もすっかり炭酸が抜け砂糖水となっていた。

眠い目を擦りながら、尿意を感じたのでトイレのドアを開いた時僕は目を疑った。


「こんばんは」


ドアを開いた先には、白髪で立派な白い髭を生やした

70代と思われる男性が座っているのだ。

男性はまさに用を足している最中であり下半身が露わとなっている。

思わぬ光景に僕の眠気は瞬く間に吹っ飛び、思考は停止した。

その場で立ち尽くして数秒経過した後、僕は驚いた猫の様に跳ねた。


「ぎゃあああああああ」


「こらこら、深夜に大声を出したらダメだろ」


「え、いやいやいやいや。誰ですか。何ですかあなたは。何してるんですかここで」


「何って神様だよ。見てわかると思うけどな」


「い、意味が解らないんですけど」


訳が分からず僕は混乱した。一旦トイレのドアを乱暴に閉め

部屋中を駆け回り、自分の部屋であることを確認した。

どこをどうみても自分の部屋だった。脳裏に男性の股間が過る。


「なにあの人。どういうこと。気持ち悪い。何が目的。」


「大丈夫だよ。何にもしないから落ち着いて」


トイレから穏やかに出てきた男性はTシャツに短パンという恰好で現在の季節である秋にはアンマッチである。僕の顔を見て微笑む男性。


「くるなあああああ」


男性の奇抜な恰好に更に理性を乱され、僕は玄関へ向かい走り出した。

玄関のドアを開ける為チェーンを外して開錠する。

開錠はしたはずだが、ドアノブが回らない。僕の頭はパニックになった。

ガチャガチャと音を立てドアノブを必死に回そうとするが中々回らず

次第に自分の手汗で滑り始める。男性に何をされるかは解らなかったが

今の状況が普通ではない事に身体も反応しており、呼吸が荒くなる。


「どうなってるんだよ」


「僕が閉めてるんだよ。だから落ち着て」


男性の声の方を振り返ると、男性はゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる。


「意味がわかんないんですって・・・というか来るなって」


「落ち着いて落ち着いて」


「知らない人が自分んちのトイレでうんこしているって状況で落ち着けるか。というかホントに来ないで」


「別に大丈夫なんだけど、そんなに近くに行くのが嫌ならここで話すよ」


すると老人はその場で座り込む。


「は・・・」


胸の高鳴りが収まらない。この男性はいつ部屋に忍び込んだのか

考えない様にしていたことが頭の中で暴れる。

僕はそれらを振り切り、ポケットに入っているスマホを取り出した。

警察に通報の文字が頭に浮かんだのだ。

男性が今は座ってから僕は漸く落ち着きを取り戻し始めていた。

老人から目を離さず、スマホの電源を付け電話アプリを立ち上げる。


「無駄だよ」


老人がいつの間にか、湯飲みを啜ってそう言った。

目を疑った。先ほどから僕が目を凝らして老人を見ていたはずだが

湯飲みを取り出す動作を確認できなかったのだ。

そして、電話アプリが立ち上がらない。

思わずスマホの電波マークを確認するが

問題ないように見え電池の残量も残っている。


「どうなってるんだよ」


「それも僕が止めた。外との繋がりを断たせてもらったよ」


男性は穏やかな表情で目を細め、茶を啜る。茶を啜る音が

静寂に響き渡った。

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