八月二十六日 旗崖

朝食のときにできるだけ平静を装って、


「いつになったら奥澄に帰してもらえますか?」


と術師に聞いた。旗崖で術師と初めて話したときは、私のことを言い当てられて、すごい、すごい、と無邪気に反応してしまっていたが、ここに連れてこられてからは平静に振るまうことにしている。心を読まれないようにしていることはばれているかもしれないが、心の振れ幅が小さければ、思っていることを読みにくくなることは間違いない。




術師は


「まだかかる」


と昨日までと同じことを言った。飛蝗の群れが飛来しているから、今は外に出ないほうがいい。そう「あの子」が言っている。




「あの子」というのは術師の娘のことだ。とても人懐っこい十歳ぐらいの子で、昨日も夜に話しかけられている。昼間はどこかに行っているのか姿を見たことがない。術師の言うことは絶対だと信じている口調が気持ち悪くて、私は苦手だ。術師は術師で「あの子」の言うことを神のお告げのように扱っていた。




飛蝗の群れといい、幼子の神託といい、まるで神話だ。


いまどき飛蝗の群れなんて発生するだろうか? 私が生まれてからの二十数年間、飛蝗の大群が飛来した、なんて話は聞いたことがない。ましてや、ここは虫だってほとんど見ない北の大地だ。やっぱり、二人の話は私をここに閉じ込めるためのごっこ遊びなのだろう。




昼食の準備で納屋に食材を取りに行ったとき、携帯用の大黄土灯をみつけた。


一巻分芯の長さがある。一晩は持つだろう。






裏を張ってもそれが裏だと悟られているのだとしたら、裏の裏を示すのが安全だろうか。


そんなことを堂々と日記に書いている私も私だが、あの二人も私を閉じ込めるつもりにしては脇が甘すぎる。

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