2030年07月13日~人類滅亡
@yana1110
第1話
プロローグ1
妻は素晴らしい女性だった。
いや、今でも素晴らしいと思っている。
20年少し前、友人を介して知り合い、一目惚れしたのだったが、半年の間恋愛感情を出さないままに付き合った後、おれにはもうこの女性しかいないと決断して、告白した。
嬉しい事に、彼女はおれが何時自分を求めてくれるか待っていたと言った。
結婚して、些細なケンカなどはしたが、ずっと幸せな日々が続いた。
妻が作る料理の種類も味付けもおれの好みだったし、掃除洗濯もまめにしたし、おれは仕事に多忙で、ほとんど単身赴任状態で留守がちであったが、妻はほとんどおれの手を借りず、二人の子供を立派に育てた。
妻として、母として、おれにとっては完璧なまでの女性だった。
勿論、女としてでもある。
平素はセックスを全く感じさせない上品で清楚な美貌を性的な官能に染め、美しいしなやかな裸身を悶えさせて快楽を貪る風情が、一層おれを興奮させた。
時には恥じらいながら自らおれの愛撫を求める仕草も、おれを夢中にさせた。
結婚して以来一緒に寝ていたので、どんなに仕事で疲れていても、深酒で酔っ払っていても、妻を求めた。
そして彼女もそれに応じてくれた。
世にセックスレス夫婦など掃いて捨てる程いるし、昨今はセックスしない若者、恋人を作らない若者、結婚願望を持たない若者も増えたそうだが、そんな連中と無縁の関係で、恐らく70歳になっても、いや、死ぬまで俺たちはセックスするのだと、信じていた。
5年程前、その妻の態度に異変が起きた。
娘が高校生になり、息子が中学生になった頃から、おれの求めを拒むようになったのだ。
それも毎晩だ。
おれがほとんど強姦のように求めると、さも仕方なさそうに応じてはくれた。
理由を尋ねると、「子供達が大きくなって、気配を悟られるから」としか応えなかった。
その頑なさは、拒まれたおれにとっては、嫌われているようにしか、感じられなかった。
おれは何時も腹を立てて起き上がり、もう一度酒を呑んだり、家にいたたまれなくなると呑みに出掛けたり、駐車場の車の中で眠ったりした。
浮気を疑ったりもした。
この美しい慎ましやかで清楚な妻の、一変して妖艶に悶える裸身を、快楽を貪って歪む清楚な美貌を、おれ以外の男が独占しているのか?
焦がれるような嫉妬に目の前が真っ暗になった事もある。
しかし心の隅には、二〇年間愛し合った、倫理観が強く潔癖症の妻が浮気などするはずがないと、確信していた。
やがて妻は家の中でおれとすれ違う時にさえ、身体が触れないように避け始めた
セックスを拒む事について、ちゃんと話し合った事があった。
「貴方とのセックスが、私にとってDVのように感じられるようになって来たのです」
「起きている時にも、いきなり抱き着かれそうな怖さを感じます」
妻はそう言って涙した。
「ずっと我慢して来ましたが、もうセックスは耐えられません」
そうまで言い切った。
何故その時、そうなった理由、原因を尋ねなかったのか。
ただ、目の前が真っ暗になり、思考が錯乱していたのだろう。
おれはただ絶望した。
もうあの妻の美しく清楚でありながら妖艶な姿態はおれのものではなくなり、二度と観る事も手にする事もないのだ。
逆におれにとって、苦痛の日々が始まった。
目の前に愛する美しい妻がいるのに、抱く事が出来ない。
手で触れる事も出来ないのだ。
その頃、役員をしていた会社が乗っ取りに遭い、邪魔者扱いされるように解雇された。
退職金もほとんどなく、翌日から職探しを始めたが、そこそこの会社でそこそこの経歴を刻んだ中年男など、扱いにくいだけで、どこも雇ってくれない。
止む無く、派遣会社に登録して、日雇いの仕事を始めた。
引越しの手伝い、電気製品の配送、電気機器の部品の組立、製品の検品、工場の移転。
健康であり、仕事の経験は無くても人生経験を積んでいれば出来る仕事ばかりだったし、体力が低下していたおれにとって、もう一度体力をアップさせる良い機会でもあった。
しかし、家で妻と二人っきりになると、一層お互いに気まずい想いをするようになった。
耐え切れなくなったおれは、家を出て、独り暮らしを始めた。
独り暮らしは、仕事で単身赴任生活の多かったおれにとって不便さは全く感じなかった。
時々メールのやりとりはするが、電話で声を聴く事も、勿論逢う事もなくなった。
妻は数年前から、歯科医で働いていて、派手な生活を好まないタイプだったので、収入は多くはなかっただろうが充分生活出来るだろう。
プロローグ2
2012年12月21日に世界が終わる、人類が滅亡する、或いは新しい世界が始まるというような話が、最近あちこちのマスコミに取り上げられるようになったり、映画のテーマとしても取り上げられた。
マヤに古くから伝わるカレンダーがあって、それが2012年12月21日で終わり、その後の続きがないから、その日に人類が滅亡する、という説だ。
かつてのノストラダムスの予言もマスコミが大騒ぎしたが、「大山鳴動して鼠一匹」だった。
おれももう60歳になった。
20歳の頃に初めて聴いたエルトン ジョンの「シックスティ イヤーズ オン」という歌に感激して、「そうなんだよ。六〇歳なんてじいさんになってまで、生きたくないよな」と納得し、酒を呑みながら何度も聴いたものだった。
今更この世が終わろうが、新しい世界が始まろうが、若い連中に任せて置けば良い。
しかし、しかし、だ。何かが引っ掛かる。
おれは子供の頃からサイエンス ノンフィクションが好きで、図書館で借りまくって読んだり、大人になってからも古本屋で買いまくって読んだりした。
そして10年程前から、暇さえあれば自分の考えを断片的な文章にまとめていたのだが、疲れた身体に鞭打って、”人類は「わたしたちと似たように」なった”というサイエンス ノンフィクションを完成させた。
旧約聖書の創世記の記述を紐解き、そこから、それまでに読み漁った百冊近いサイエンス ノンフィクションから得た知識を総動員して、「銀河系の何処からかやって来た宇宙人が、何の目的かも判らないが人類を創った。彼らは、人類に自らを“神”と呼ばせ、人類の発展と文明の繁栄を促した。それが創世記の七日目までの記述である。そして、”審判の日”、つまり創世記の七日目が終わった日、創世記の記述に無い八日目、神が地球上に降り立ち、理由を明かさないままに人類を滅ぼすだろう」という内容のものだ。
妄想しがちな私の脳細胞の中で、その創世記の記述に無い八日目、というのが、今回のマヤのカレンダーと符合したのだ。
しかし、カテゴリーの異様さからか、何十という出版社の原稿募集に応募したが、どこも取り上げてくれなかった。
おれは、ある時、電子書店と言う存在を知り、出展した。
売れなくても、その筋のファンや正統派ではない、異端の科学者の眼に触れ、興味を持って貰えれば良い、それだけの気持ちだった。
想像通り何部かは売れたが、買ったのは出展を知らせた兄と友人くらいだっただろう。
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