BL 恋絲

婭麟

不言色(いわぬいろ)

第1話

「今日で終わりにするわ」


堂本冴子は男をベッドに残して、身繕いをしながら言った。


「えっ?もう直ぐ別れて一緒になるって……」


男は吃驚したように、半身を擡げて冴子を見つめた。


「状況が変わったの」


「はっ?どういう事?」


「相手が死ぬのよ」


冴子は事も無げに、鏡に自分の姿を映して化粧を直す。


「……相手?死ぬ?」


「堂本が焦がれに焦がれた相手……長年思い続けていた相手よ」


「はっ?あの堂本氏にそんな相手、存在る訳無いだろ?彼に見初められれば、どんな女だって喜んで言いなりだし、金に物を言わせれば……」


「……そんな物が通用しない相手だから、堂本もも苦しんだんじゃない?だから、あなたに逃げようと思ったけど、相手が死ぬんじゃ、堂本もどうする事もできないわ」


冴子は鏡越しに、長年秘密の関係を持ち続けた男を一瞥した。

男とは、堂本と政略結婚をする前からの仲だ。

決して夫と呼ぶ事を許されないと知りつつも、若気の至りで夢中になった相手だ。

だが、父の会社の為と両親から言い包められ、名家の堂本家の当主であり、財閥として名を馳せている堂本瞳哉どうもととうやと政略結婚が決まった時に、冴子は幾度と無く世間を色々な面で騒がせている、堂本瞳哉本人と顔を合わせて、そして一目でその端正な容姿と、名家ならではの落ち着いた雰囲気と、その雰囲気に決して逆らう事の無い声音に魅入られてしまった。

つまり一目で恋してしまったのだ。

だが、直ぐに堂本には他所に思いを寄せる〝誰か〟が居る事が、愛を捧げる女しか分からない〝勘〟というヤツで察してしまった。

それからの日々は、結婚をして堂本夫人と呼ばれる様になってからずっと、冴子は決して手に入れる事の無い、夫の心に苦しめられて来た。

父の会社は、堂本の財力に頼らねばならない状況となったとしても、冴子の家柄も決して羞じるものではないから、人一倍プライドが高い。

政略結婚の相手だとしても、愛し愛されて結婚した相手では無いとしても、自分の他に心に留める相手が、夫にいる事など冴子が堪えられる訳がない。

仮令自分にそういう相手がいたとしても……。

だが冴子には、そこまで思いを募らせる相手はいない。

そこまで無いとしても、思い合った相手として、若気の至りで恋愛関係となった相手を、不倫の相手として関係を続けた。

もはや愛情など無いにも関わらず、夫の無関心と背徳を認めたく無くて……。そんな夫への腹癒せの様にずっと続けて来た。

そんな無意味な関係だ、夫の思いが絶対に通じる事が無くなるのであれば、いとも簡単に清算できる関係だ。

冴子は化粧を直すと、ベッドに座る男を振り返ってほくそ笑んで見つめた。


「お金は約束通り出してあげる。だから予定通り、やりたい事をおやりなさいな」


「マジで?……終えるつもり?」


「手切れ金にしては、多いくらい出すわ」


「…………」


「私は気分がいいの……だから、暫く困らない様にしてあげるわ」


冴子は携帯をバックに仕舞うと、ホテルの一部屋のドアノブに手を掛けた。


「お金は何時もの口座に入れておくわ。長い付き合いだったわね……だから、全て忘れてちょうだい」


男は自嘲する様に、冴子が出て行く姿を見送った。

どの道長く付き合う相手ではない事は知っていた。

ただのサラリーマンの家庭に生まれ、自分もただのサラリーマンだ。

冴子の様な世界の人間とは、関わり合いがないと思っていたが、まだ若かった頃ひょんな事で知り合って、冴子が気に入って付き合う様になった。

そうでなくては、到底付き合える人種ではないから、天下の堂本財閥の若き当主である堂本瞳哉と政略結婚した時に、当然の様に別れるものと思っていたが、何の気紛れか今まで関係を続けてきた。

もはや冴子の気持ちが、堂本に行っている事は分かっている。

全てに長けている堂本瞳哉を夫に得て、心を動かさない女など、この世にいる筈はない。

それ程の大物であり、出自の良さに現れるその魅力は、同性の自分ですら認めざるを得ない相手だ。冴子が直ぐに魅かれても仕方がないのは理解していた。それが最近になって、堂本と別れて一緒になってもいいと言い出していた。

人に使われる身ではなく、使う身になる様に話しは進んでいたが、そんな事は別にどちらでもよかった、ただ冴子と伴になれるのならば……。

……それもただの気紛れだったのか……。

堂本瞳哉と比べれば、名も無き男だったが、心底本気で冴子を愛していた。



冴子はタクシーに乗ると、友人との約束のレストランに向かった。

三ヶ月前、堂本瞳哉とは腹違いの弟陽哉が余命数ヶ月だと、堂本家の代々における主治医から告げられた。

年の離れた妾腹の陽哉はるやを、瞳哉は長きに渡りずっと無視をし続けて来た。

名家堂本とは、ある神の血を引くと言い伝えられている家柄だ。

それも遥か遥か昔に、ある城主の姫がそこの山々を統べていた神に見初められて、子をなしたのが堂本家の祖先だという。

姫は城を出て神から頂いた土地と山々を、その神の子に継がせたのが、堂本家の始まりだと言われている。

つまり神はその血を継ぐ者に慈悲と恩恵を授け、血筋が続く限りの栄華を約束された。

その為には唯一の血を流す者だけが家督を継がねばならず、そして堂本家はその血を受け継げる者が一人と決まっている。

つまり女でも男でも、堂本家にはただ一人しか後継者が誕生しない。

そしてその血筋は神によって加護を受けて、必ずや次の跡継ぎを約束されている。

その者だけに継がせ続ける限りだ。

堂本瞳哉は、それ程の言い伝えのある名家の生まれだ。

だが口さがない者達は、貴き身分の姫が賤しい男に凌辱されて身ごもった為に、卑しくも悍ましい血を嫌い、姫に似合った地を与えて城から追い出したのだと噂した。しかし本当のところは解らない、何せ城主一族は零落したが、現に姫の子孫は現世に於いても、尚も繁栄し続けているから。

そしてその血を受け継いだのは、瞳哉の父では無く母であったが、母は瞳哉という跡継ぎを誕生させると早逝してしまった。

堂本家にとっての大切な跡継ぎを、それは厳しく育てたのは、かの昔からの言い伝えを信じきって、尊き血筋に嫁してそれを誇りとした祖母であった。

つまり堂本の父は入り婿という事になる。

そして父が妻亡きあと愛した女性の子供が、堂本がずっとひたすら無視を続けて来た、年の離れた弟陽哉だ。

堂本の妻となった冴子が、瞳哉のただ一人の弟と言うべき陽哉に会ったのは、結婚式のその日限りであった。

それも陽哉は堂本一族の中では無く、代々支える者達の中に〝爺や〟と呼ばれる、長と共に席を置かれていた。

そして陽哉の存在を教えたのも夫たる瞳哉では無く、長年仕えた〝婆や〟からであった。 後に瞳哉に話題をそれと無く振っても、彼の口から一度も語られる事の無かった、名とは反した日陰の身の年の離れた弟……。

その弟は、美貌には多少の自身がある冴子ですら目を惹く美形で、そして式の間一度も笑顔を見せる事の無い、色白で大きな瞳が印象に残るが憂いを帯びて、今にも泣きそうな表情をしていた。

そして、その弟陽哉があと数ヶ月で死ぬという……。

冴子が嫁いで一度たりと、新居に呼んだ事も食事を共に過ごした事も無い、ただ名ばかりと思わされていた弟が、長年の夫瞳哉の思い人だという……。

最初それを知った時に、冴子は本当に信じられなかった。

あれ程に無視を続けて来た相手を、どうやって長い年月愛し続けていられたのか、それ程迄に思う相手を無視し続けていられるものなのか……。

だが、瞳哉は代々主治医として関係を築く土井から、陽哉の余命が数ヶ月である事を聞てからというもの、家にも帰って来ずに陽哉の元に行ったきりとなっている。

陽哉は爺やと呼ばれる長と共に、地方のかの昔祖先の姫が神から加護を頂いたと、言い伝えれている本家ともなる田舎に住んでいる。

母は芸妓で、それは舞の名手で絶世の美女だったそうだが、瞳哉の父が入れ込んで通いに通い続けて陽哉を産ませたと、一時期は週刊誌にも載って騒がれた事がある程だったが、芸妓を辞めて陽哉の育児に専念して、ほんの一時、瞳哉の父との穏やかな一家団欒を持つ事ができたが、さほど続かぬ内に母が他界し父も跡を追うように他界した。

一部では堂本の祖母が、婿の裏切を許せず始末した、という噂も流れたが定かではない。

ただ堂本家というのは、そういう特殊な家柄と信じてやまない祖母が、尊い血を引く娘の伴侶となった婿が、後添いを貰うなど以ての外である、と憤慨したとしてもおかしくは無い。否、絶対許す筈が無い。

堂本財閥の頂点に居るのであれば、陽哉は堂本の籍には入れず、当然の事ながら陽哉の母も父の籍には入って居ない。

瞳哉の父が全てを捨てると言ったならば、あの気位の高い祖母は、どんな事をしてでも阻止したであろう事は、あの祖母に育てられた瞳哉には容易に想像できる事だったろう。

ゆえにずっと血を分けた弟を避けたのか、父が亡くなり祖母が亡くなって、若き当主となった瞳哉は、年の離れた弟を何不自由無く生活させながらも、彼が一番信頼する爺やに面倒を見させながらも、ずっと無視を続けた……。

冴子は瞳哉の思い人が、そんな弟であるなどと考えた事が無かった。だから弟の余命を聞いた瞳哉の狼狽ぶりに唖然とした。

沈着冷静で今までに、一度も我を忘れた事など無かった瞳哉が、我を忘れて狼狽して見せたその姿は、冴子が瞳哉に描いたイメージを一掃する程だった。

唖然として驚愕しながらも、冴子はほくそ笑んだ。

それ程迄に断ち切れない瞳哉の思いが、一瞬にして断ち消える。

弟陽哉の死と伴に……。


瞳哉はあれから三ヶ月、家に帰って来ていない。

会社にも顔を出す事も無いそうだ。

ただただ、ずっと無視を続けた弟の側に居る。

長きに渡る後悔を繰り返しながら、もう直ぐ手の届かない処に逝ってしまう、最愛の人の側に居る。



冴子はタクシーの車窓を眺めながら、微かに口元を緩めずにはいられない。

結婚してやっと二回目にして、義弟の陽哉と会話した光景を思い出したからだ。


「初めましてお義姉さん」


不意に訪ねて来た陽哉は、余命が少ない人間には見えぬ程に美しくて、艶を帯びて輝いていた。


「余命宣告されている人間とは思えないくらい、元気に見えるわね」


「そう?瞳哉さんが、側に居てくれるからかなぁ?」


陽哉は、悪怯れる様子も見せずに言った。


「本当にあなた死ぬの?」


冴子が訝しげに、詰問する様に言った。


「貴女のご期待には添わないと……大丈夫、ちゃんと死にますよ」


「………」


陽哉は冴子を一瞥して、近くのソファーに腰を落とした。


「僕ね……この家に来てみたかったんだ。瞳哉さんが暮らすここ……」


ぐるりと見渡すようにすると、陽哉は冴子を直視する。

その大きな瞳が美しい。

女性なら欲してならない黒目がちな瞳、男性なら魅入られて惹き込まれてしまう潤んだ瞳。


「ずっとずっと近寄る事すら、許されなかった瞳哉さんが、僕が死ぬって知って、大慌てで訪ねて来てさぁ……僕を抱いて泣くんだよねぇ……ずっとずっと……」


陽哉は死を間近にした人間とは思えぬ程の、明るい笑顔で冴子に語る。


「ずっとずっと……愛してたって泣くんだ……お義姉さん……貴女なら分かるでしょ?あの人がそんな事絶対しない事……それがさぁ……跪いて慟哭するんだ……死なないでくれって……僕に、この僕に懇願するんだ……僕は可笑しくて可笑しくて……なぜそんなに悲しむのか分からない……だって、ずっとずっと僕の存在を無視し続けてきた癖に……どうしてそんな事僕に言うんだろう?」


「あなたを、愛しているからでしょ?」


「なんで?ずっと無視をしてた相手を、愛してるって言えんの?可笑しいよね?……でもあの人は、至極真面目に言うんだ……」


陽哉は冴子を見つめて笑った。


「愛してる……って……ずっとだよ。死ぬ事を聞いて飛んで来た、あの日からずっと……毎日毎晩言うんだ……キモい程の愛の言葉……だったら、もっと早く言えばいいのにね……」


「……それができないのが堂本瞳哉よ」


陽哉は冴子の言葉に、顔を向けてジッと見入ってくる。

見つめられる冴子の方が恥じ入る程に……。


「珈琲をお持ちしました」


その視線は、珈琲を持って入って来た、お手伝いさんによって外らされたので、冴子はホッと息を吐いた。


「珈琲は飲んでも大丈夫?」


探りを入れる様に冴子が言う。


「どうせ死ぬんだから……」


陽哉はまた笑って言った。


「お義姉さん、僕本当に死ぬから心配しないで……」


「そんな事……」


「もしも……もしも本当に瞳哉さんが言う事が本当なら、一番気がかりなのお義姉さんだと思ってさ」


「堂本の言う事、真に受けていないの?」


「さあ?どうだろう?……普通、僕みたいな扱いされてて、直ぐに真に受けないしょ?貴女だったら、諸手を挙げちゃう?」


「…………」


「でもあの人、マジで僕抱くんだよね……男が好きなの?」


「堂本の浮名は有名でしょ?その中に男性はいないわ」


ふーんという風に、陽哉は気の無い様子を作る。


「……じゃ、貴女は?やっぱりしつこいくらいの?」


陽哉はうすら笑いを浮かべて、冴子の様子を探り見る。


「分かるよね?だよ……普通は夫が妻に強いる……」


冴子は眉間に多少の皺を作って、陽哉を見つめた。


「堂本がしつこくするって話しは、聞いた事もないわ……残念だけど、私に無縁だったけど……」


「えっ?まじ?」


陽哉は本当に吃驚した表情を作った。


「夫婦なのにんだ?へぇ……お気の毒……」


「第一余命幾ばくも無い相手に、そんな事強いるタイプじゃないわ……あなた私にカマをかけているの?」


冴子は不快な表情を隠さずに言う。


「カマ?カマ……なんのカマ?……確かに僕が言ったんだ。死に逝く者の願いだって……瞳哉さんとひとつになりたいって……そしたら毎日だよ……毎日ひとつになってる……」


「それは自慢?こんなに愛されてる……こんなに求められてる……」


「やっと分かったんだ?意外とあんた鈍いんだね」


陽哉は面白そうにそう言うと、冴子の表情を読み取る様にした。


「……もう少しだけ……もう少しだけ瞳哉さんを貸してよ」


生意気な口を吐き続けてきた陽哉が、真顔を作って冴子を見つめて言った。


「……どのくらいかなぁ?瞳哉さんが毎日泣いて懇願するからかなぁ?ちょっと先になりそうだけど、そんなに待たせない。だから貴女も全てを清算して瞳哉さんを待って……夫婦なのに何も無いんじゃ、清算しなくちゃ……でしょ?」


「何を?」


「お義姉さんは僕の次に、あの人を愛してるから……ずっと報われない愛に苦しんできたから、だから貴女に瞳哉さんをあげる……」


冴子は真顔の美しい陽哉を見つめた。


「僕が死んだら、僕はあなたと瞳哉さんの子供として、産まれ変わって来るって……そう言って……」


「………」


「だけど忘れないで、僕はまた瞳哉さんを手に入れるよ……今度はあげないからね」


「……堂本が幾つになると思っているの?」


冴子は嘲笑して言った。


「70になっても80になっても、あの人は僕の物だよ……」


陽哉は、妖艶な笑みを浮かべて立ち上がった。


「今日はどうしても顔を出さないといけない用があるとかで、瞳哉さんは会社に行ってる。一時も離れたくないらしくて、僕も連れて来てもらえた……今まで会社どころかにも連れて来てくれた事ないのにさぁ……あの人本当に勝手だよね……」


陽哉は朗らかに笑うと、冴子を見て言った。


「あなた死ぬのが怖くないの?」


「……どうして?死ぬから瞳哉さんは、本心を吐露したのに?死ななけりゃ、あの人はずっと黙って僕を無視してた……」


「それでもあなたを愛してたわ……」


冴子の言葉に陽哉が凝視する。


「私が他の男に逃げたくなる程に……」


「……じゃ……あの浮名は?数多くの?恋多き貴公子……」


「当人じゃ……求める相手の共通点に、気が付かないものね?私は直ぐに分かったわ……」


見入る陽哉に冴子がほくそ笑む。


「相手は女じゃなくて、あなただって……たった一回結婚式で会ったきりのあなたよ」


「………」


「彼の瞳には、あなたしか映し出していなかったもの」


「ふっ……女って嘘つきだ……」


「死に逝くあなたに手向けよ……堂本はあなたしか愛していないの……同じ血を持つ弟……それだけで彼はあなたを愛してきたんだわ……」


「それも嘘だね……」


「ただの負け惜しみよ。そうでも言わないと悔しいもの……あの堂本瞳哉がなぜあなたに、あそこ迄執着して愛するのか?」


「無視をし続けてきたのにね……」


「無視をし続けなくてはならない程のよ」


「…………」


陽哉は考え込む素振りを見せて、冴子を見て笑んだ。


「死ぬのが惜しくなるね……」


「約束は守ってね……」


「……今の言葉で、もうすこーし先に延びたかもしれないよ」


「こちらも清算するには、時間がいるわ……」


「ふっ……次の僕の両親は、とんでもない人達なんだね?」


「私の子供は恋敵だもの……」


冴子がほくそ笑む、すると陽哉もほくそ笑んだ。


「必ず約束は守るから、貴女も守ってね」


陽哉はより一層、輝く様な笑顔を残して出て行った。


冴子はタクシーの車窓を、眺めながら微笑んだ。

どんなに延びたとしても二年も待つ事無く、ずっと夫を通して冴子を苦しめていた、その相手が死ぬ……。

その後に残された夫は、再び冴子を冷たくあしらいながらも、もはや他所に誰かを思う事はしなくなる。

抜け殻の様な夫が残ったとしても、冴子の物となる。

ずっと結婚が決まった時から、求めた物が手に入る。

それが分かっていて、笑みが溢れない人間はいない。



そして一年も経たずに冴子の願いは叶った。



夫……天下の堂本家の若き当主である、堂本瞳哉は抜け殻の様になって冴子の傍に存在る。

あれから……愛し続けた腹違いの弟陽哉の死から……。

瞳哉は冴子を冷たくあしらいながら、気に留める事すらせずに傍に存在る。


冴子は抜け殻の夫に囁く。


「陽哉さんが私とあなたの子供となって、生まれ変わって来ると言いに来たの」


「いつ?」


「あなたが彼を連れて会社に赴いた日……」


瞳哉は眉をひそめて、冴子を見つめた。


「確かにあの日、陽哉はここに来たいと言っていた……君に会いに来たのか?」


「ええ……それを言いに……」


瞳哉は物思いに耽る……。

その一瞬の隙に、冴子は触れたくて仕方がなかった、夫瞳哉の唇に唇を重ねた。

だか瞳哉は冴子を突き飛ばす事も、身を引く事もせずに冴子を受け入れた。


「あなたの愛する人を、創りに行きましょう……」


冴子は艶のある笑みを浮かべて、夫を誘った。

夫は言われるままに、冴子の差し出す手を取った。


これからが本当の闘いとなる。

冴子は未来で輝く様に笑いかける陽哉を認めた。



不言いわぬ色……………伝統色のいろはより……

少し赤みのある黄色。

クチナシの実で染めた支子色くちなしいろの別名、口無しにかけた別名。

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