ファースト・ブック

 著者不明

 出版社不明


 1985年、アメリカ、ワシントン在住の大富豪であり収書狂でもあるセタンタ・マイル・ジュニアの元に差出人不明の小包が届きました。

 中に入っていたのはほぼ正方形に近い形に切り取られた石版が三枚。それぞれの表面には、引っかき傷のような模様が残されていました。

 お抱えの分析機関に検査を命じたところ、驚くべき事実が明らかになりました。石版の断面や引っかき傷を炭素測定器で精査した結果、それらが生じた年代が、少なくとも50万年以上昔であることが判明したのです。


 最新の人類学に従う限り、50万年前、地球上に我々の直接の先祖とされるホモ・サピエンスはまだ存在しておらず、氷河期のヨーロッパを中心に闊歩していたのは、ネアンデルタール人でした。

 石版はどう見ても人為的に加工されたものとしか思えない形状をしており、さらに引っかき傷が何らかの記号や文字の意味合いを持っていた可能性もあります。

 これまでの研究においては、人類最初の文字は紀元前3000年ごろのメソポタミア文明で生まれたとする論説が主流とされてきました。さらに年代を遡り、四万年前の氷河期に使用された記号があるとする説もありますが、いずれにせよ最初の文字は我々ホモ・サピエンスが生み出したものとする見解に違いはありません。しかしながらこの石版の傷が文字であるとすると、人類の文明史は大きく修正を迫られる結果となってしまうのです。


 そして現時点で、人類最古の文字が記されているこの石版は、原初の書籍――すなわち、「ファースト・ブック」と呼ぶべき存在になります。


 発見以来、この石版は世界各国の書誌学者・文字学者・考古学者等の研究対象となり、注目を浴び続けました。しかしながら2000年6月、エジプトのルクソール博物館の特別展示のため搬送された際、輸送機が原因不明のトラブルを起こし、サハラ砂漠へ墜落、回収は絶望的な状況となってしまいました。

 現在でも石版の撮影データは残存しており、解読の試みは続行されていますが、芳しい成果は上がっていません。解読が難しい要因の一つとして、「ホモ・サピエンスとは別種の人類が作成した文字である」点が挙げられます。我々ホモ・サピエンスとネアンデルタール人とでは、言語や情報伝達に関する基本的な発想が異なる可能性があるため、現人類の発想では解読に辿り着けないのではとも言われています。解読のためにネアンデルタール人の化石からDNAを採取、クローンを誕生させるという企画も立ち上がりましたが、人倫にもとるという反対意見に晒され、計画は難航しています。

 


(このレビューは妄想に基づくものです)

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