ウーシュカの大冒険

 アレクサンドロ・ナーチェフ(著)

 ドロスコノイ出版


 本書は「実在しないかもしれないしするかもしれない書物」です。

 

 アレクサンドロ・ナーチェフは旧ソビエト連邦の党員で、1970年から75年にかけてドロスコノイという地方都市で教育図書管理委員会の書記を務めていた人物です。当時、ドロスコノイでは共産党幹部による不正が横行しており、ナーチェフも収賄や帳簿のごまかしに手を染める汚職官僚の一人でした。彼が思いついたのは、書類上で出版物の在庫をでっちあげ、概念上の図書を自分の息がかかった出版社から「購入」することで、出版費用その他を自分の懐に納めるというものでした。本書『ウーシュカの大冒険』は二十万部万部近く「購入」され、ナーチェフは多額の不正利得を手中にしたそうです。


 1985年以降、ゴルバチョフ書記長の元で推進されたグラスノスチ(情報公開)の結果、多くの悪事が白日にさらされることとなりました。『ウーシュカの大冒険』の捏造行為もそれらの一つで、ナーチェフは懲役刑の後、党から追放されました。

 その際問題となったのは、『ウーシュカの大冒険』がナーチェフの完全な創作物なのか、あるいはそういう図書自体はどこかに存在するのかという点でした。ナーチェフは最後まで無罪を主張して『ウーシュカの大冒険』は実在の書物だと言い張っており、書類上の書誌情報は詳細に記されていたので、『ウーシュカの大冒険』というコンテンツが絶対に存在しないものであるとは裁判所も断言できなかったからです。そのためソビエトからロシア連邦に国名が変わった現在でも、ロシア図書協会のコンテンツ・データベースには『ウーシュカの大冒険』の名前が残されています。「本書を所持されている方に連絡と寄付を願う」という文言と共に。


 なお書誌情報によると、本書はウーシュカという小熊が帝国資本主義の侵略から国家を守るため世界各国の絵本の登場人物――ドンキホーテ、ピノキオ、桃太郎など――と力を合わせて戦うという内容であるそうです。


 

(このレビューは妄想に基づくものです)

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