人類安楽死党綱領(復刻版)

 千住川鳳名(著)

 自費出版


 近年、「半出生主義」という哲学的傾向が注目されています。子供を持つこと、誕生すること自体を正当な現象と見なさず「生まれてこない」ことを善しとする極端な思想です。


 代表的な論者としてはショーペンハウアーや、最近日本でも解説書が出版されているシオラン等が挙げられますが、百年近く前の 本邦にも、類似の哲学を抱く思想家が存在しました。本書の著者、千住川鳳名は「人類全てに安楽死処置を施すべき」と主張していた筋金入りの半出生主義者です。


 鳳名は昭和元年、福岡生まれ。地元の素封家の御曹司で、作家の夢野久作とも交流がある文学青年でした。父親の鳳作氏は慈善事業家として名を馳せた人物であり、博多に医療費が払えない貧民を対象にした無料の医療施設を建設、息子の鳳名をその責任者として割り当てました。

 施設で鳳名が眼にしたものは、充分な教育も受けず、健康にも恵まれなかった人々の悲惨な生活ぶりでした。


「朝夕に薬を飲めと言ひ聞かせても、飲みはしない。怠けているわけではなく、朝夕が何時なのかといふ常識さえ弁えていない。否。教わっていないのだ」


「与えた薬をすぐに使ってしまふ。どうして後で飲めないのかと聞いたら、他の者に取られては堪らないのだと答えた。この者はずっと奪われ続けてきたため、保管するといふことができないのだ」


「処方した薬を、まず同室の者に飲ませてからようやく手をつける。親に冗談半分で希釈した殺鼠剤を飲まされて以来、薬といふものが信頼できないそうである」


 貧困には不信と虐待が付き物であり、満足な看護体勢の中でさえ、人々は不信を捨てられなかったのです。彼らの有様を具に観察した鳳名は、けっきょくのところ、不安・不信・不幸こそが人間の本質なのではないかと考えるようになります。


「我々が人類愛だの進歩だのと立派なことを口走っていられるのは、旨い食事と立派な身なりが与えられているからに他ならないのでせう。彼らと同じく貧困に陥れば、たちまちのうちに人を信じられなくなるのは必定と思われる」


 こうした知見から、「人間は存在それ自体が不幸であり、絶滅することこそが幸福である」という極端な発想に至った鳳名は、人類全てを安らかな死に導くための団体を立ち上げ、綱領を周知しました。それが本書なのですが、彼が半出生主義の先駆者として名を馳せなかったのには理由があります。彼の主張する、人類を絶滅させるための方法があまりにも常軌を逸していたからです。


 「人間と同様の知性を有するサボテンを作り上げ、それらに滅ぼしてもらう」


 というのが鳳名のアイデアでした。

 なぜサボテンなのかというと、人間が貧困にあえぎ、不信に包まれるのは食事をしなければ生きていけないからです。植物なら食事は不要であり、さらに砂漠に生えるサボテンであれば、最小限の栄養分のみで命を保つことが可能。人類が滅ぶのは問題ないとしても、文明の記録が灰に還るのはもったいない。だからこそ、サボテンに人類の歴史を受け継ぎ、虚弱な人類は滅ぼしてもらえばいい、という論理が組み立てられたのでした。


 鳳名は平成の世まで生き、人類絶滅を訴え続けましたが、少数の物好きを除いて賛同者は得られませんでした。晩年はコンピューターの発達に感銘を受け、人類の処刑役をサボテンからコンピューターに移行することも検討していたようです。



(このレビューは妄想に基づくものです)

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