禁断のボート

 

  アーノルド・シャーク(著)

  片山一切(訳)

  

  ミュンヒハウゼン文庫


 アーノルド・シャークは1960年台に活躍したイギリスの詩人です。

 彼はドキュメンタリー性の高い作風で知られており、様々な環境に身を置いてその中で詩作を行っています。出世作となった『歯車の中で』は工場労働の最中に記した作品であり、他にも洞窟の中に一ヶ月間身を置きながら詩作にふけった『黒穴』や、離婚調停のいざこざを赤裸々に記した『妻・あるいは悪鬼』等が有名です。


 本作は、スコットランド北方に広がるトカ・トルトカスカ湖の連続怪死事件を題材とした詩集です。名高い保養地であったトカ・トルトカスカ湖では1965年秋

から冬にかけて、湖の中心部にボートを進めた観光客が軒並み心臓発作に陥り死を遂げるという騒動が巻き起こっていました。湖畔の別荘で年の半分以上を過ごすほど、トカ・トルトカスカ湖をこよなく愛していた著者は、12月6日の朝、湖に平穏を取り戻そうと自らボートを漕ぎ、湖の中心部を目指しました。本作の前半部分はボートに乗り込むまでの騒動と決意を記した内容、中盤以降は湖に入ってからの状況を記した文になっています。なお著者は騒動の原因を毒ガスの一種ではないかと考え、防毒マスクを用意して出発しています。


 死と向き合っている

 私は死と対峙している

 あと数十分でたどり着くであろう何かを表すかのように空気は硬く、空は鉛の天蓋だ (12:23の詩)



 骸骨も浮き草も、石油も女奴隷も等しく大釜にくべられる。疑心は身体をさいなみ、静寂と喧騒が汽水する(13:34の詩)

 

 翌12月7日、著者の遺体を載せたボートが対岸に到着しました。ボートはオールを失っており、著者が持参していたはずのガスマスクも見当たりませんでした。著者が肌身離さず持ち歩いていた詩作用ノートには、上記の詩を含めた、9:00から14:40までの時刻を記した、数十編の詩篇が書き留められていました。

 

 奇妙なことに、検死担当医は著者の死亡時刻を正午ちょうどと算出しています。だとすれば12時以降の詩篇は誰が書いたものなのか、著者の殺害をもくろんだ誰かがボートに横付けしてガスマスクを奪い、死亡時刻を偽装するために詩を書き加えたのか?しかし、評論家や彼の筆跡をよく知る編集者たちは、最後に至るまでノートに記されていた詩篇は間違いなく著者の自筆によるものであると断言しています。


 すべてを思い直す。あらゆる悪徳は認識されている姿より一つ多い。(14:40最後の詩)


 最後の詩篇が何を示しているものか、現在でもその解釈をめぐって論争が重ねられています。

 



(このレビューは妄想に基づくものです)

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