張具納録

 相良時一(著)

 大枝修(現代語訳)

 ミュンヒハウゼン歴史文庫


 相良時一は平安時代後期、大津の人。

 絹織物の交易で財をなした富豪であり、朝廷の信任も厚く、数十年に渡って各種商品を朝廷やそこに務める女官たちに販売していたという、いわば「皇室御用達商人」の元祖のような人物だった。

 

 本書は、そうした販売物の中で、「張具」という品物の納入記録を相良自身がまとめたものである。この「張具」については、その正体をめぐって古代・中世史の研究者たちの間で長年、議論が繰り広げられてきた。様々な文献に顔を出す品名であるにも関わらず、その内容についての記述はほとんど残っておらず、どのような用途に使用されるものなのか窺い知ることができなかったからだ。しかも本書の記録によると、張具はかなりの高額で取引されている。


 主に朝廷の女官が納入先であることから、白粉や紅といった化粧品の類ではないか、というのが従来の学説だった。大正初期、これらの説に異論を唱え、一大センセーションを巻き起こしたのが訳者の大枝氏だった。


 大枝は、「張具」の「張」を「春」の替え字であると推測、張具の正体は女官が自身を慰めるための性的な玩具だと断定しているのである!


 現代より性的な事柄に対する忌避感が強かった大正時代のこと、主だった歴史学者たちは、大枝の説に対してあからさまな拒否反応を示した。学会のホープと目されていた大枝は、公的な仕事を全て辞し、郷里に引き篭もらざるを得なくなったほどである。


 しかし現代では、大枝の性具説も検討の価値があるものではないかという評価に変わっている。記述の少なさは人目を憚る品であるからこそであり、また相良がこの物品に限って記録を残している理由も、納入先との間で取引がこじれた際、いかがわしい品を購入していた記録をちらつかせて交渉を有利に進める目的だったのではないか、という理屈も成り立つからだ。


 いずれにせよ肝心の張具が現存していないことから、現時点では、大枝説を正解と肯定することも、間違いと否定することも難しい。張具の正体に関しては、発掘調査など、今後の展開が望まれる事柄の一つとされている。

 




(このレビューは妄想に基づくものです)

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