ノーベル賞を消そうとした男


 ハンス・ヤントセン(著)

 南雲黒介(訳)

 ミュンヒハウゼン文庫

 

 本年度も村上春樹氏の文学賞受賞には至らなかったノーベル賞。

 アルフレッド・ノーベルが創設したこの賞は、2019年現在、大衆層・文化人層を問わず広範な興味と支持を集めている世界で唯一の賞であるといっても過言ではないでしょう。


 しかし、あらゆる物事には肯定と否定の両面が存在します。

 ノーベル賞に関しても、選考過程の透明性に関する批判や、とくに平和賞に関して、選出自体が政治的な影響を与える目論見で成されているといった非難が常につきまとっています。価値観が多種多様化している現代世界において、「世界一」を決める賞にどれほどの価値があるものなのか、ノーベル賞をありがたがる風潮こそ問題があるという論者も少なくありません。


 本書の主人公、ジグスムント・ノーベルはそういったノーベル賞否定者の極北と呼ばれた人物です。

 ノーベルというファミリーネームの持ち主ですが、アルフレッド・ノーベルと血縁関係はありません。ドイツの出身で、ノーベルと同名であったことから幼少期よりノーベル賞に興味を抱き、いつかは同賞を受賞してみたいと公言していました。2009年には、著作「春と天命」でドイツの権威ある文学賞である選帝侯賞を受賞しています。この時点で、自他共に認めるノーベル文学賞の有力候補でした。


 しかし同年8月、ミュンヘン在住のオットー・サグというフリーライターが開いた記者会見の席で、驚愕の事実が明らかになりました。以下、オットーが会見で述べた内容の概要です。


 ・これまでジグスムントが執筆したと思われていた作品は全て、自分も含めた数人のゴーストライターによる合作である。

 ・原稿料、印税は全てゴーストライターに支払われていた。

 ・ジグスムントの目的はただ一つ、「ゴーストライターに書かせた作品によってノーベル文学賞を受賞すること」だった。

 ・受賞の暁には、授賞式の席においてこのことをジギスムント自身が暴露する予定だった。彼はこうした行為により、選定担当や文学賞、ひいてはノーベル賞自体の権威を地に落とすことを企んでいた。


 この発表の直後、ジグスムントは国外へ脱出して行方不明となっています。

 オットーによるとジグスムントはゴーストライターに頼らなければ小説を執筆できないような文学的素養に欠けた人物ではなく、むしろ数人のライターを使い分け、優れた文学作品を生み出す能力に恵まれた「文章の指揮者」のような才人だったそうです。


 本書は上記騒動を、様々な関係者・とくにオットーを含むゴーストライターの証言を中心に再構成したものです。

 子供のことからノーベル賞を受賞したいと言っていたジグスムントが、いつの時点で上記のような冒涜行為を企むようになったのか、あるいは公言していたこと自体が布石に過ぎなかったのか……本人が行方知れずとなった今、確認する術はありません。



 

(このレビューは妄想に基づくものです)

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