至上の酷刑

 パルドメ・アーサー(著)

 史島徳一(訳)

 ミュンヒハウゼン新書

 

 近年、欧米を中心に残酷な刑罰は廃止されるべきという風潮が広がっています。鞭打ち刑、投石刑等はもちろんのこと、日本でも存続している死刑そのものまで残酷な刑罰として非難する向きもあるようです。


 本書は、このような「酷刑」の中でも歴史上最も残酷と呼ばれた「広足刑」についての調査をまとめたものです。

 広足刑は、十五世紀~十六世紀にかけて、スペインのノスカヤテ地方で執行されていた処刑方法の一つとされています。この刑罰がどれだけ残酷なものであったかを示すエピソードとして、宗教裁判所の逸話が残されています。魔女狩りで知られる宗教裁判は、とくに中世から近世にかけてスペインにおいて隆盛を迎え、多くの民衆が苛烈極まりない取調べと刑の執行により命を落したことが伝わっています。ところがその主体となった宗教裁判所さえ、広足刑については、「いかに凶悪な魔女相手とはいえ、これほど醜悪な刑は執行するべきではない」と禁止を布告しているのです。


 一体、「広足刑」とはどのような刑罰だったのでしょうか。処刑の様子を記した記録が、マドリード王立図書館に残されています。


 ①大量の砂を用意して平地に敷き詰める

 ②敷き詰めた砂の中に、人間一人がすっぽり納まる程度の直方形の穴を掘り、その中に罪人を座らせる。

 ③罪人の胸元がつかる辺りまで水を注ぐ


 以上が記録に残されている「広足刑」の全貌です。

 え?これだけ?と読者諸兄は肩透かしを食らったでしょうか。少なくとも、記述に残されている限りでは、これだけなのです。史上最悪の処刑法と呼ぶべき内容とは、とても思われません。そもそもこの方法では、罪人を死に至らせることさえ難しい気がします。


「実際にやってみたら、砂と水との相互作用やらなにやらで、想像もつかない苦痛が発生するのでは、と私は考えた」

 著者のパルドメ・アーサーは史書に知るされた通りの環境を用意して、勇敢にも自身を実験台として刑罰の再現を試みたのですが……

「砂と水のざらざらした感触が気持ち悪いだけだった」

 という結果に終わっています。


 そもそも「広足刑」という名称自体要領を得ないものです。この名前は、スペイン語のPiernas anchas(広い足)を直訳したものですが、記録を見る限り、罪人に足を広げさせるような機会はありません。当時は意味が通っていたが現在スペイン語には残されていないスラングのようなものではないかと指摘する向きもあります。

 そのため、刑罰の執行に関する記述自体もまた、暗喩を含んだものであり、実際の執行時は違う光景が広がっていたのではないか、と著者は推測しています。

 

 歴史の闇に消えた究極の刑罰、広足刑。

 その実体が謎に包まれているからこそ、今もなお人々の好奇心をくすぐり続けています。


 

 

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