私がモーツァルトを殺した!


 林田冠幾(著)


 ミュンヒハウゼン文庫


 ウィーン古典派を代表する作曲家・音楽家の一人であるモーツァルトの死に関しては、彼の才能を妬んだ同時代の作曲家・アントニオ・サリエリに毒殺されたとする毒殺説が広く知られている。


 しかしこの説はモーツァルトの死の直後ではなくサリエリが衰えた1820年前後になって突如として囁かれるようになったこと、1820年当時はウィーンの音楽界がイタリア派とドイツ派に分かれて熾烈な論争が繰り広げられていた真っ最中であったこと等から、イタリア派と見なされたサリエリを陥れるためにドイツ派がでっちあげた根も葉もない中傷である……というのが現代音楽史学会の共通認識だ。そもそも死の床でモーツァルトを診察した医師は毒物が投与された徴候など認めていないのだ。近年、サリエリの再評価が進んでおり、彼は生前においてはモーツァルトと同程度かそれ以上の評価を得た作曲家であったことから、サリエリにはモーツァルトを殺害する理由も意味もなかったとする論証が決定的なものになっている。


 本書の著者もまた、サリエリはモーツァルトを毒殺などしていないとの立場をとる一人だ。

 しかしその論拠が常軌を逸している。

 なんと、著者は若い頃時間を遡る能力を持っていたと主張している。その能力を使って1791年のウィーンにタイムスリップ、モーツァルトを毒殺したというのだ!自分が殺したのだから、サリエリにはモーツァルトを殺せなどしなかったと声高に叫んでいるのである!


 毒害を思い立った理由だが、モーツァルトの演奏会を間近に聴き、その才能に嫉妬を覚えて決意したとのこと。くれぐれも言っておくが、本書は小説ではない。著者の林田冠幾が大真面目に綴っているノンフィクションなのだ!


 厄介なのが、タイムスリップで赴いたと主張する1791年当時のウィーンの風景が、歴史学者も舌を巻くほど綿密かつ正確な筆致で語られているという部分だ。実際に行ったのだから正確で当然、と著者は言い張っている。彼の主張はともあれ、18世紀ウィーンを舞台にした小説を書こうと思い立った小説家にとっては、格好の資料にすることができる、という意味では有意義な一冊だ。





(このレビューはすべて妄想に基づいたものです)

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