一天《理不尽》



「被告人天堂スイを、天界遺産損壊罪により、下界奉仕活動刑とする!!」


この一言と共に、裁判官の持つ厳かなガベルが振り下ろされた。



事の始まりは、1週間前になる。

俺は、俺らは、学校のビッグイベント、修学旅行の一環としてここ天界随一の規模を誇る博物館に来ていた。

その博物館には、天界の文化財やらなんやら沢山の歴史的遺産が展示さていた。

極め付きは天界遺産であり、この天界を創り出したとされる、「原初の砂時計」まで展示されている事だろう。


問題は、この「原初の砂時計」を見学していた時に起こった──。


俺は、「原初の砂時計」を、なにと思う訳でもなく、ただぼーーーっと見ていたのだ。

突然の事だった。

後ろから、ギィン!と鈍い音を立て、銃弾のようなものが、まさに音速の勢いで飛んでいった。


何が起きたかわからなかった。

いや、わかりたくなかったのかもしれない。

目の前の「原初の砂時計」が、粉々に砕け散っている現実など。


周りは騒然とした。 勿論俺も含めて。

そして1人が呟いた。


「あの子が、やったの……?」

「違う、俺じゃない!」


と否定はした。

が、言葉の伝染というのは怖い。

その1人の言葉は、何の信憑性ももっていなかった。だが、周りの人たちは、一気にそれに同調した。


まるで、この事実は自分たちの手には負えない、というかのように──



こんな経緯で、今俺は裁判官がガベルを振り下ろす様を見る羽目になっていた。


分かりたくなかった。

いや、本当に。「原初の砂時計」が目の前で砕け散った時より。



……下界奉仕活動刑?

わけがわからなかった。

そんなもの、公民の授業でも聞いたことの無い刑罰だった。

とはいえ、死刑だけは免れられた。

死刑だけは、本当に御免だった。


ただ、下界奉仕活動刑……。

本当にこれはわけが分からない。

何をすればいいんだろう……。

実は死刑より重い罪だったりして……?


一通り裁判が終わったあと、俺は裁判所の控え室のような所へと連れていかれた。


「さて、下界奉仕活動刑、なんて聞いたこともないような刑罰を下されて、あなたは今戸惑っていると思います」

「は、はぁ……」


まるでさっきの思考を、全て見透かされていたかのような事を、俺をここまで連れてきた、陶器のような白い肌をもつお姉さんは言った。      


「下界奉仕活動刑とは、あなたを下界へと飛ばし、そこで奉仕活動をして貰うのです」


今なんて……?下界に飛ばす?


「あの……え?奉仕活動って……?」

「奉仕活動。それは、飛ばされる下界の種類によっても異なります。まあ、行う内容については、到着してから分かることと思います。」


なんだそれ……。

というより、さっきからこの人、飛ばす飛ばすって……。

転送とか、テレポートとか、もうちょっといい表現方法をして欲しい。

飛ばすって言い方、嫌な予感しかしないから……。


「あの、俺が転送される世界って、どんなところですかね?」

「それは着いてからのお楽しみです。」


おい。

冗談じゃないし、お楽しみでもない。

着いてからのお楽しみ、って小学校の遠足か。


「あの、なんで【転送】される場所が決まってないんですか?」

「貴方が【飛ばされる】下界については、飛ばされてからでないと、分からないのです」


うーん。

この人わざとだろ。

しかも、転送されてからじゃないと、場所は分からない?

……はぁ。一体どんな事をやらされるんだろう。頼むからきついモノでは無い活動にしてほしい。

それと、ふと思った事がある。


「あの、俺はどれくらい奉仕活動をすればいいんでしょうか?」


その言葉に、急にお姉さんは得意気な顔をした。


「それは簡単です!あなたの刑は、禁錮刑に換算すると、4325年になる訳ですが、その刑の分、奉仕活動をして貰うだけです!」


は?

今、聞き捨てならないことを聞いた。


「終身刑や、死刑では、今回の罪を償う事は到底難しいとの判断で、特別に下界奉仕活動刑という刑を適用したらしいですが、今からその詳しい概要を説明しますね」


「……終身刑や死刑では償えない?」


どうやら、俺のついさっきまでの考えは、とてもじゃないが甘過ぎたようだ。

というより、4325年って、何……?


「まず、奉仕活動での減刑の基準ですが、貴方が行った奉仕活動の内容によって、こちらがポイントを付けさせて頂きます。貴方はそのポイントを使い、刑を減らしていって貰います。ちなみに、100ポイントで、一年減です」


なんだそれ、ポイントカードかよ。


「また、貴方の稼いだポイントや、減刑年数などを視界に投影できるように、後程ナノマシンを脳内に埋め込ませて頂きます」

「えっ!?痛く無いんですかそれ……」

「麻酔をかけさせて頂くので心配いりません。というより、麻酔をかけない手術とか、どんな鬼畜ですか」

「アハハ……。そうですよね」


確かに、麻酔をしない手術とか、死刑より惨い。

なんというか、この短時間で到底許容できるものでは無い事を、矢継ぎ早に頭の中に詰め込まれ、軽くパニックになってしまったようだ。


「さて、やる事は多いです。チャッチャと手術しちゃいましょう」


なんだこの人。

大丈夫なのだろうか……。



それから俺は手早く手術室へと運ばれた。

そこからの記憶もなければ、覚醒する今まで、どれくらいの時間が経ったのかも分からない。

気づけば俺は、病室のベッドにいた。

簡素な病室だ。4つのベッドに、個々のベッドを仕切るカーテン、患者用の物置棚と、丸椅子くらいしか置いていない。


「天堂スイさん、手術は成功しました」


俺はそのお姉さんの言葉を聞いて、とりあえずはホッとした。


「今日はもう遅いので、飛ばされるのは明日になる予定です。今日はゆっくりと休んでください」

「はぁ。ありがとうございます」


言うと、お姉さんは備え付けの丸椅子から立ち上がり、病室をあとにした。

そういえば、あのお姉さんの名前を聞いていなかった。

最初に自己紹介もしないお姉さんもお姉さんだとは思うし、割とヤバい人だったが、名前くらいは聞いておくべきだった、と少し後悔の念が湧いた。


「はぁ。疲れたな、この一週間」


この1週間は、多忙を極めていたせいで、久々によく眠れる気がした。

そしてその予想通り、深い睡魔に襲われ、それに身を委ねたのだった──。


一天 《理不尽》 ─了─

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