その3
それから、数日経った。お互いの情報共有と、作戦を考えたのだ。
「——それで、『ニーヴェアの観測官』の子孫の心当たりはあるのですね」
「ああ。セイジ。俺の友人だ。本人はもう死んだが……娘が生きてる筈だ。ネロ。彼女が確か、ニーヴェアだった。もう、最後に会ったのは50年前だが」
「セイジだって?」
「!」
アヤムと巫女の会話に、ルウェンが割って入った。
「知っているのか?」
「……僕がお前達の捕虜だった時に、担当だった兵士だ。そうか、彼女がニーヴェアの観測官だったのか」
「へえ、そうなのか。……セイジもお前を痛め付けたか?」
「…………いや」
思い返す。既にルウェンは停まっていたが、何をされたのかは断片的に分かっている。
「『相応の扱い』をされていた」
「だろうな。セイジはそういう奴だった」
「……ルウェンゾリの月」
「巫女様?」
遺跡を出て。崖の上に立つ。青い空と、緑の大地。その狭間に『大いなる山』とそれを侵略する『悪意の繭』。
「これで約束を果たす欠片が集まりました。第一の目標は、ネロとの接触です。……ルウェンゾリの月の望みはありますか?」
「…………」
隣に立つアヤムは、身体から皺をさっぱり無くしていた。巫女の心臓機からも、光が失われている。
ふたりは婚約したのだ。先祖の悲願の為に。そして、自分自身の為に。
「……じゃあ、そのネロ・ニーヴェアを貰うよ。僕の妃になって貰う」
「ははっ!」
半ば適当に言った。だが口にすると、特別な感情が湧いてきた。
アヤムも吹き出してしまった。
「何だよ」
「いや。……大丈夫さ。ネロは良い娘だ。母親からお前の話も聞いているだろう。巫女サマの話をしっかり聞けば、仲間になってくれるさ」
「……『良い娘』というのは、『美しい』と同じ意味かい?」
「あーそうだ。あんたらの言葉でいうとその通り。美しい心を持ってるよ」
「なら安心だ」
——
——
人類は、どこからか間違ってしまった。彼らより多く物を知るレゾニアの住人は、『美しさが失われた』と形容する。それは外見ではない、もっと根源的なエネルギーの話だった。
間違いを正そうとは、思わない。何故なら間違ってしまったものは、もう戻せない。時は戻らないからだ。
「ニーヴェア隊長!」
「入れ」
扉が開かれる。屈強な男が入ってくる。男は敬礼し、背筋を伸ばして緊張する。
「レゾニア人の反乱軍の情報が更新されました!」
「あ——聞いている。奴等戦力を増強したんだろう」
「はっ!」
ソファに深々と座っていた小柄な女性。綺麗に真っ直ぐ流れる、長い黒髪を揺らしながらやれやれと立ち上がり、テーブルの上の軍帽を被る。
「なんとも無駄で、醜い。細々と暮らしていれば不死であるというのに。……おい、もう用は無いだろ。下がれ」
「はっ! 失礼します!」
男は睨み付けられ、凄まじい速さで退室した。何をしに来たんだと、彼女は溜め息を吐く。
「…………」
そして壁一面の窓に手を付いた。景色は全て、レゾニアの大地が広がっている。『地平線の無い』無限の大地。
「アヤムおじさん。私が助けるから、待っててよ」
そして呟いた。
「……これで良いんだよね? 『司祭サマ』?」
振り返る。視線の先には、彼女らが『レゾニア人』と呼ぶ男性が居た。
部屋の奥に隠れていたらしい。
「うん。ネロちゃん」
真っ青な毛並みを持つ機械仕掛けの男性。褐色の肌に、宝石のような瞳を持つ。
「君がニーヴェアの観測官の子孫なら……いずれこの悲惨な戦争を終わらせられる筈だ」
「……だと良いけど」
「説明をしようか。『そもそもの全て』を」
「お願い」
ネロはまたソファに腰を下ろした。テーブルを挟んでその向かいに、司祭も座る。
——
100万年よりずっと前。全てはひとつだった。物質も生物も感情も、全て『完全なひとつ』だった。
その『完全』を、古い言葉でレゾナンスと言った。それがあった大地という意味で、この地はレゾニアと呼ばれる。
そして、レゾナンスは子供を産んだ。意思や意図、目的は分かっていない。だけど子供は産まれた。子供には、感情や能力が受け継がれた。
レゾナンスは次々に子供を産み出した。全部で8。これを、レゾナンス・ファミリアと言う。
ファミリアはそれぞれの生き方を見付けて大地に栄えた。様々な生態を伸ばした。翼あるもの。地を掘るもの。火を食べるもの。石で出来たもの……。
だがやがて、時代が進むとファミリアに限界が訪れた。
完全から産まれた筈の命が、完全では無かったのだ。
次々に死んでいく仲間達を見て、どうにかしようと提案した、リーダーシップのあるファミリアが居た。
彼は、この始まりの大地を捨て、外の世界に希望を見出だした。必ず、また完全になる方法があると言った。
このままここに居ても死を待つだけ。そう考えた彼らは、リーダーの船に乗った。
それが『希望の繭』。
そして、たったひとつのファミリアを覗いて全ての者が、希望の繭に乗り込んだ。
そのひとつは、どうしても離れられなかったのだ。
母の大地を。無限のレゾニアを。
リーダーはそれを見て、こう言った。
『いずれ完全を見付けて戻ってくる。それまで待っていてくれ。必ずだ』
——
「——それが、俺達の先祖か」
「ええ。残ったのが私達。だけど、200年前にようやく帰って来た貴方達は、約束を忘れていた。『世代交代』という過程のせいで」
「…………」
ネロは司祭から。アヤムも巫女からこの話を聞いていた。遥か昔の、始まりの物語を。
「約束を忘れてしまった。それはもう、仕方の無いことだと思います。子は親の代わりでは無いのですから」
「……だが、それなら俺達は約束を果たせていない。完全な生命なんて見付けてないし、そんな目的があったなんて知らないぞ」
「いえ。既に見付けています。後は成就させるだけ」
「? なんだよそれは」
「…………私達ファミリアは、『絶滅の危機』だったのですよ。個人ではなく、種の」
「??」
滅んだなど。
「ふふ」
軽々しく言ってはいけない。巫女は少し嬉しくてつい笑ってしまった。
「ルウェンゾリの月。貴方はとても幸運ですよ」
「……まだ何も終わってませんよ巫女様。僕はまだ喜べない」
「そういや、変な名前だよな。巫女サマの本名とかもそんな感じなのか?」
「お前こそ、巫女様とつがいになれる幸運をもっと噛み締めろ」
「ええ。私は『アンビエンテの深愛』と言います」
「アンビにルウェンか」
「気安いな。ニンゲンめ」
「いや、俺もファミリアの一員みたいなものらしいじゃないか」
「む」
——
まず、アヤムが『悪意の繭』へと帰還する。彼を見れば、ニンゲンは手出ししない筈だ。ルウェンとアンビは身を潜め、彼に任せる。上手くすればこれで終わる。
「……おい、あれは……」
反乱軍の戦力増強で緊張感の真っ只中にあった彼らは、無防備で近寄ってきた『人型』の人物に警戒を強める。
「……あーそうか。俺今若返ってるのか」
見たこともない『同族』を前に、警備兵は固まってしまう。
「おい止まれ!」
「なんだお前は!」
「…………」
地面から、『繭』を見上げるのは初めてだった。レゾニアに到着しても、未だニンゲンの住処として健在だ。改めて見ると大きい。100万年の間、ニンゲンを乗せて、その営みを支えてきた正に『揺り籠』。
「その声は、エグゾにラダフだな。懐かしい」
「!?」
警備兵にも見覚えがある。アンビに捕まったのは随分と前だが、ニンゲンの今の寿命は200年。後輩なら生きている筈だ。
「……おい、なんで俺達の名前知ってんだ!?」
「大丈夫。俺はニンゲンで、仲間だ。敵の捕虜になってたアヤム・セマニだよ。総督か、隊長に通してくれ。今は誰だ?」
「……!?」
「『アヤム・セマニ』だと……!?」
彼らも、その名前を知っている。ベテラン兵士の名前だ。だが彼らの知る外見とは、今のアヤムは違っている。
「本当に、セマニ軍曹なのか……!?」
「……見ろ。武器も持ってない。俺は仲間だって。通してくれよ」
「…………確認する。少し待て」
——
——
それからしばらく経った。アヤムはまだ戻らない。
「……変だな」
ルウェンは毎日、『繭』を眺めている。だが動きは無い。アヤムからの連絡は。
「様子を見てきます」
「慎重にお願いします。私も、反抗軍に止まるよう説得を試みます」
アンビとも分かれ、ついに動き始めた。命を共有している彼女に異変が無い以上、アヤムにも異変は起こっていない筈だ。アヤムが死ねば、アンビも死ぬのだ。
だが何の音沙汰もない。それ事態は異変と言えよう。
「見付からないように、中の様子を探らないと」
ルウェンは風のように駆け、『繭』まで近付いた。彼らの持つ獣の四肢は、ニンゲンでは不可能な身体能力を発揮する。
彼は早速、物陰に隠れて兵士達の会話を盗み聞くことにした。
——
「…………最近は疲れるな。あの人が隊長になってからだ」
「……ああ、全くだ。ぶっ殺すなら簡単なんだが、捕らえるってなぁ、難しい。生きてりゃ抵抗してくるからなあ」
「だがまあ、数は順調に減ってるらしい。レゾニア人が絶滅すりゃ、俺達は銃を置ける訳だ」
「あー。そうなりゃ良いなあ。この素晴らしい大地を家族と過ごしてえ」
——
「(……僕らを捕まえる? 何のために?)」
今まで殺していた相手を急に捕まえ始める理由は何か。
ルウェンは考える。
「(アヤムは何をしているんだ? 何とか会えないか……)」
アヤムに聞けば、分かる筈だ。ルウェンはもう少し内部まで入れないかと周囲を窺う。
と、その時。
「!」
ルウェンの心臓機に反応があった。見れば、ちかちかと点滅している。
「(……ここに、僕らの仲間が居る。捕まっているんだ。だけど……)」
この反応は、アンビと一緒に居た時とは違う。
死に瀕している緊急警報だった。
「(尋問だ。今はセイジが居ないから、酷い事をされているんだ!)」
「動くな」
「!?」
背後から、冷たい声がした。ガチャリと、機械の音がする。
銃だ。生き物を殺すニンゲンの武器。それがルウェンの背中に向けられている。
「…………見付かった……!」
「偵察か? こんな所にひとりで」
「まだガキっぽいな。向こうもいよいよ切羽詰まってきたか」
「おいレゾニア人のガキ。大人しく捕まってくれよ? 弾の無駄だし、抵抗も無駄だ」
「……捕まえて何をするんだ?」
ルウェンは観念した。この状況でどうにかできる訳は無い。だが、生きていれば。ここにはアヤムと、ネロが居る筈だ。希望はある。
「そりゃ、実験するんだよ」
「えっ!?」
ルウェンは驚いて振り返る。警備兵は銃を向けたまま、答えた。
「お前らレゾニア人から、『若返りの薬』が作れるらしいな?」
「!」
「まあ、確かに生物学、医学的に調べてみりゃおかしな点ばかり。お前らは神秘の生物なんだよ。だからそれを、戴くのさ」
ルウェンは。
絶望した。
悪意の塊を顔面に叩き付けられたような気持ちだった。
「(……僕らを裏切ったのか? アヤム……!)」
ニンゲンへ感じていた少しばかりの『美しさ』が。
ルウェンの中から消えてしまった。
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