平成最後のメガ大根

ゆのまる

序章

第1話 収穫

【平成30年11月3日(土曜日)】


「父さん、全部収穫終わったよ。」

 僕の名前は平沢ひかる。19歳。農家のひとり息子。

「やっと終わったか。そうかそうか、じゃあ母さんが晩ご飯作ってくれてるから、早く帰ってきなさい。」

 軒先にいる父さんが僕を呼ぶ。

「はーい。じゃあ手洗いしてから行くから、もうちょっと待ってて」


 そう言って僕は今日収穫した大根の山から1本だけを取り出した。

「早く土を洗い流してあげないと。」

 雨風に晒されさび付いた、勢いだけが取り柄の蛇口がうねりを上げる。

 慣れた手つきで大根を洗う。しかし今日は手が震えている。

「足もあって…手もあるなんて…本当に人のようだ…」

 僕が持っている大根は、先が二股に分かれ、側面からは2本の根が生えている。

 それはまるで手足のようであり、今にも動きそうな程、鮮明な人型である。今までも先端が二股に分かれていたりして、人のように見える大根はあったが、ここまで人型に変形したものは初めて見た。これだから農業は辞められない。

 僕は湧き上がる欲情を感じたが我慢し、両親の元に向かった。


 食卓へ向かうと両親が座っていた。

「ほんと、いつもすまないな。お前ばかりに任せてしまって…」

「いや良いんだよ父さん。僕、農業好きだし。」

 僕の両親は農家だったが、2人とも還暦を過ぎているため、父さんは腰を悪くし、母さんは元々体が病弱であるので畑仕事が出来なくなってしまった。だから僕が大学へ行かず、収穫等の畑仕事をしている。


「ひかる…私たち決めたのよ。」

 母さんが僕を見つめて言う。

「え…何?」

「ひかるももう高校2年生で来年受験じゃない。たがらもうひかるには迷惑を掛けたくなくて…」

「じゃ、じゃあ…」

「農家を辞めようと思ってる。貯金もあるし、年金も貰えるし、ひかるを大学に行かせることは出来るわ。だから、ひかるにはひかるの人生を送って欲しいの。」

「いや、僕継ぐよ、この畑を。だからやめるなんて言わないで。」

「ひかる。もうこれは決めたことなの。だから今日の収穫で最後よ。本当に今までありがとう。」

「そんな…」


 食卓に沈黙が訪れる。テレビの音だけが空間に流れる。

「それでは、明日の天気をお伝えします。明日は全国的に雨となるでしょう。特に関東地方では午前中から局地的な豪雨が起こる可能性がごさいますので、充分お気を付けください。北陸地方でも…」


「そうか、心配だな。土砂崩れが起こらなければいいが。」

 父さんがやっと口を開いた。

「そうだね。」

 僕たちは東京の奥多摩町の山奥にポツンとある一軒家に住んでいる。周りには誰も住んでいない。近くの町に行くには1本の道しかない。だから土砂崩れが起こると陸の孤島になりかねない。何故このような場所を選んだのかと両親に聞いても、いつもはぐらかされてしまう。


「ねぇ父さん。どうせ農業辞めるんだし、都会の方に引っ越しとか考えてないの?」

「そうだな。もう何処に住んでも良いからな。ただそれはもう少し後だ。」

 もう少し後?何かあるのか。

「そういえば、ひかる。さっき人型の大根採れなかったか?」

「え?」

「ひかるが収穫してる時、家から見てたんだが、それっぽいものが見えたんでな。」

「いや…採れてないよ。見間違えだよ。あっ!眼鏡変えたら!そうだ今度一緒に眼鏡買いに行こうよ!僕も丁度眼鏡欲しかったし!」

「そうか…間違いだったらいいんだが。何度も言うが、人型の大根は呪わ…」

「呪われてるんでしょ。分かってるって。じゃあ、もうすぐ雨が降りそうだから、さっき収穫した大根を倉庫に入れてくるからね!」

 僕は少し残っていたご飯を急いでかき込み、収穫した大根のもとへ向かった。


 山のように積み上げられた大根の中で一際異彩を放つ人型の大根。僕はそれを手に取り自分の部屋へ向かった。


 部屋に入るなりベッドに乗り、大根を抱きしめる。

「君の名前は何がいいかな?大根だから…そうだ、イコンちゃんにしよう。大好きだよイコンちゃん…」

 僕は人型の大根に対して、性的感情を抱く。幼い頃から大根に触れてきた僕はいつの間にか大根に興奮するようになっていた。特に今回は人生史上最大に人に近い大根だったため、感情が溢れ出てくる。


 両親はよく分からない迷信を持ち出してきて、僕が人型の大根と関わらないようにしてくる。だから、イコンちゃんは何としても見つからないようにしなくてはならない。


「イコンちゃん…絶対に僕が守ってあげるからね…だから僕に……」

 今日の収穫の疲れからか、そのまま僕は眠りに落ちた。











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